溜まっていた息を吐いた。テーブルの周りはどこを見ても花がある。赤、白、黄色、ピンク、オレンジ、……やっぱり春だわ。こんなに色とりどりの花を見れるのは春だからよ。わたしにも春が来ないかなぁ…………なんてね♪別に悩んでるわけじゃない。リッラクスしてるから思いっきり深呼吸をしただけ。
わたしは今、ソノオタウンのフラワーショップ『色とりどり』にいる。コトブキシティとソノオタウンの間にある『荒れた抜け道』を出てフラワーショップに来店したばかり。『荒れた抜け道』ではナポレオンに引っぱられつつ所々にある岩をラミアの『岩砕き』で破壊しながら進んだ。だって岩が多すぎて道をふさいでいたんだもの。
ナポレオンは優しい。私が道を間違えそうになったときは止めてくれたし、わざわざ1人(1匹?)で泉を泳いでアイテムまで拾ってくれた。さすがナポレオン。自ら先陣を切るだなんてナポレオン皇帝から名付けただけあるわ。方向音痴の私と違ってしっかりしている。わたしがトレーナーでいいのかしら?……なんだか自信なくなってきちゃった。
「バラのハーブティーです。よかったらどうぞ」
フルーツサンドを食べていたら店員がトレーでハーブティーを運んできてくれた。あれ?わたし飲み物は頼んでないのに。今、店にいる客はわたしだけ。他のお客さんと間違えるわけないし……。
「フタバタウンってけっこう離れてるじゃないですか。せっかくだからお茶をサービスしました。ゆっくり見ていってくださいね」
「えっ……は、はい!ありがとうございます」
カップを口に近づけると濃厚なバラの香りがした。色取り取りの花でいっぱいのこの店は花屋だけでなく喫茶店もかねている。お花に囲まれながらティータイムだなんてステキ!サービスされちゃったからここはやっぱりなにか買うべきよね。もともとママになにかおみやげ買うつもりだったけどなににしようかなぁ……。ナポレオンとわたしはハーブティーを同時に飲んで同時に安堵の息をもらした。この店は落ち着く。事件でも起こらない限りこの店の平穏は壊れない……と、思っていたらどこからか泣き声が聞こえてきた。女の子の声だ。
「あーん!あーん!」
小さい女の子が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を拭きながら店に入ってきた。アキコちゃんより小さい。歳は5、6歳かしら?それ以上のことを考えるまえにわたしの体は動いていた。
「どうしたの?!大丈夫?」
女の子の背中に手を回してもう片方の手に持ったハンカチで顔を拭いた。涙を一通り拭いたあとティッシュを渡して様子を見た。引き続き涙がぽろぽろ落ちてきたけど女の子は声を上げるのをやめ鼻をかんだ。
「パ……パパが……」
女の子は涙と鼻水を出しながら息をするので精一杯だった。赤くなった顔で女の子はなんとか言葉を出した。
「パパがどうしたの?」
「パパが……パパがう、う、うちゅうじんみたいな人たちにさらわれちゃったの!」
「ええっ!?」
わたしは店員さんと顔を合わせたあとナポレオンと顔を合わせた。両方とも目が飛び出ていて口がパックリ開いている。たぶんわたしも同じ顔をしている。パパが宇宙人にさらわれた!?
「はつでんしょにいたら……うちゅうじんがやってきて……あたしはおいだされてパパはおくのへやにつれてかれて……」
店員さんと女の子は知り合いのようだった。2人の話をまとめるとこの子のパパは発電所で働いていてる人みたい。で、とつぜん宇宙人みたいな人たちがやってきてこの子を追い出しこの子のパパを奥の部屋に閉じ込めたらしい。この事件が起こったのはコウキくんとナナカマド博士が襲われたのとほぼ同時刻。襲ってきた相手は濃いグレーと銀色の服と組み合わせが最低な緑色の髪の集団。人の形をした壊れた印刷機…………じゃなくて宇宙人みたいな格好をしていたらしい。同じダサダサファッション…………同じ集団?たしかギンガ団だっけ?
「あう……あ、あたし……パパにあいたい!おねがい、トレーナーさん。パパをたすけて!」
見ず知らずの女の子にいきなり大役を頼まれちゃった。困った人を助けるのはかまわないけど……。
「わたしはいいけど……警察は?」
女の子をなでながらわたしは店員さんをチラッと見た。店員さんも困った顔をしている。
「この町には警察はほとんどいません。交番にいるのは年老いた警察とデルビルが警察犬のデルビルが一匹。四方を花で囲まれたこの町では犯罪する人は皆無ですから……」
うっ……たしかにこんなにキレイな花が咲き誇る町では犯罪なんて起きなさそう。せいぜい子どもの万引きくらいかしら?世界中がソノオタウンのようにお花で一杯になれば犯罪も争いも起きないのに。わたしは女の子に向き直った。
「わかったわ。わるい奴らなんてわたしたちが追い出してあげる!」
わたしの手持ちは現在6匹だ。ナポレオン、ビッパー、クルル、キララ、セニョール、ラミア。頼れる仲間が6匹もいるから大丈夫。わたしは店員のお姉さんに決意を告げた。
「お姉さんはこの子と一緒に交番に行ってください。わたしは発電所に行ってきます」
「待って!」
敬語を忘れるくらい店員は慌ててたけど走り出したわたし。ギンガ団……あんな悪趣味なファッションを着てるだけでなく悪事を働くだなんて許さない。
***
わたしたちは川がある205番道路を歩いた。右にはナポレオン、左には依頼主の女の子がいる。本当は女の子は店員さんに預けて発電所に行くつもりだった。だって危険だもの。ポケモンを持っていないのに怪しい集団に戦いを挑むのは無謀だわ。なのにどうしてこんなことになったのかというとわたしが発電所に向かっていたつもりなのに花畑方面に走り出したから。勢いでフラワーショップを出て右に走り出したものの肝心の発電所は左の道にあった。つまり、わたしがあまりにも方向音痴だから女の子に案内してもらうことになったわけ。うう……はずかしい!アキラやヒョウタさんがいなくてよかった!
「あ~あ。きょうはひどい日だな~」
女の子が話し出した。たしか名前はライコちゃん。ジョウト地方にいる伝説のポケモン、ライコウから名付けられたんだって。う~ん…………変わった名前だけどデンコと名付けられなかっただけマシかも。
「大丈夫よ。わたしがなんとかするから!」
笑顔で答えたけどライコちゃんがそう思うのも無理もないわ。私がソノオタウンに来たときは晴れていたのにフラワーショップを出たときには空は曇っていた。きっとライコちゃんが発電所から追い出されたときにはもう曇っていたのね。かわいそうに。空まで灰色になってライコちゃんはますます心細くなったのね。
「いいおてんきでパパとはつでんしょにいくときカッコイイお兄さんを見かけたからいい日だとおもったのにひどい」
「ぷっ」
不覚だけど笑っちゃった。子どもって正直だなぁ……。小さい女の子でもかっこいいお兄さんが好きなのね。どんな人かしら?まさかアキラ?仮にアキラだとしてもアキラはかっこいい「お姉さん」だから失礼かもしれない。
「へ~。どんな人だったの?」
「あのね、よぞらみたいな人だったの!」
「夜空?」
青空だったらさわやか系、星空だったらアイドルだけど夜空って何系かしら?クール系?
「よぞらみたいにあおくてくろかったの」
「ふ~ん」
やっぱりアキラかなぁ……。アキラの髪って青と黒の中間の色だしこの前着てた服は青かったわ。もしアキラだったら助太刀を頼むこともできるかも!アキラだったら発電所に突入する前に探そっかな。
「目の色は?」
「あおぞらとおなじいろ!」
残念。ハズレだわ。アキラの目は日に沈む太陽の色だもの。それにしてもライコちゃんって空が好きね。でも曇り空は好きじゃないみたい。
「ナポレオンとおなじいろだね」
「ポチャッ!」
ナポレオンは自分のほうがかっこいいと否定するようにそっぽを向いた。ツンデレは自分に自信があるのね。私たちはそのまま歩いたけど川に沿って生えている木々から出る一歩手前でライコちゃんとナポレオンを止めた。
「……あれが発電所ね」
木々の向こうは草のフィールドが広がりその向こうに半球がついた四角い建物が見えた。あちこちに白い風車が設置され回転している。ここが『谷間の発電所』ね。正式名は店員のお姉さんに教えてもらった。
発電所の前には予想していた通り見張りが2人いた。今朝会ったギンガ団と瓜二つの格好をしていた。……完全に黒ね。服の色のことじゃなくてあの人たちに罪があるってこと。どう見ても悪役だわ。
「ライコちゃん。道案内はここまでよ。あなたは交番に行きなさい」
「いや!わたしもいく!」
「ポケモンを持ってないからダメよ!」
……意外とガンコね。普通の女の子ならここで去るはずだけどライコちゃんは一歩も退く様子はない。そもそも道案内を申し出た時点で勇気があるわ。
「せめてここで隠れて待ってて。あなたを危険に巻き込むわけにはいかないわ」
「いーやーだー!」
泣きそうになりながらも訴えるような目でライコちゃんはわたしを見つめた。ソノオタウンで泣いていたときとは別人だ。ガンコなライコちゃんを見ていたら小さいころのジュンを思い出した。無茶ばっかりするジュンも稀に泣くことがある。でもジュンは泣いてもすぐ立ち上がる。意地でも無茶に挑むガンコなやつ。
「……わかったわ。そのかわりわたしから離れないでね」
「うん!」
こういうガンコな子には何を言ってもムダなことはわかっていた。わたしがポケモンと一緒に守るしかない。私はどのポケモンを出すか選んだ。
「セニョール!出番よ!」
ボールから出る光が目立たないようにしゃがんでセニョールを出した。ライコちゃんは口を開けて目の前の出来事を見守った。
「セニョール、あなたにはこの子の護衛を任せるわ」
「ミ~?」
「ボディーガードよ。かっこいいでしょ?真面目なあなたにぴったり!」
「ミ~♪」
ボディーガードの意味はわかってないけど響きが気に入ったみたい。セニョールは私とナポレオンに敬礼したあとライコちゃんにお辞儀をした。
「よ、よろしく……」
「ミー!」
さっきより引きしまった表情でセニョールは鳴いた。ナポレオンは私の護衛をさせて他のポケモンに戦わせよう。相手は悪の組織。集団だから不意打ちをしてきてもおかしくない。
「さ~て、どうやって発電所に乗り込もうかしら?」
わたしはイタズラっぽく笑った。発電所に巣くうウイルスを駆除しなきゃ!
***
時刻は午後4時。もう夕方だった。でも曇っているせいで夕陽が見えない。さっきまで『色とりどり』で優雅におやつを食べていたのにとんでもない事件に巻き込まれちゃった。あんな悪趣味の服を着て発電所を乗っ取ったうえにわたしのティータイムをジャマしたんだからギンガ団なんて許さない!
発電所に突入するためにわたしはライコちゃんを変装させることにした。わたしはピンク色のスカーフと白いニット帽と顔の左右に止めていた黄色いバレッタを外した。ライコちゃんの服の上に白いカーディガンを着せまだ温かいスカーフを首に巻いた。そのあと2つのバレッタでライコちゃんの肩までかかったオレンジ色の髪をツインテールにした。髪の毛の色は違うけどおそろいのバレッタを身に付けていれば姉妹に見えるはずだわ。と、いってもわたしの場合バレッタを髪の頭の後ろで留めてるからわかんないかもしれないけど。さりげなく後姿を見せておそろいのバレッタをしてるってことアピールしなきゃ。
わたしはボールからクルルを静かに出し指示を出した。
「いい?作戦通りに行くわよ」
「うん!」
「ミ~!」
「ポチャ!」
「クルッ!」
みんなは小声で返事をした。わたしが合図をするとクルルは野生のポケモンのフリをして飛んだ。発電所の窓が開いていることを確認するとするりと内部へ侵入した。木の後ろに身を潜めながら私たちは様子をうかがった。しばらくすると発電所から人が騒ぐ声が聞こえた。
「なんだなんだ?」
「おい、どうなってんだよ?」
発電所から聞こえるパニックな声に見張りたちは動揺した。わたしたちは一般人のように発電所のほうへ駆けつけた。
「すみませ~ん!わたしの私のをムックルを見かけませんでしたか~?」
「あん?ムックル?」
「はい」
見張りの1人がしきりに通信機で他の団員と連絡を取るなかわたしはもう1人の見張りに話しかけた。ずっと走っていたので息が切れているというふりをしながら。
「はぁ……はぁ……。ムックルがそっちに飛んでいくのを見かけたんです。イタズラっ子だから……他の方に……迷惑を……かけてないか心配で……」
膝をついたあとわたしは上目遣いで見張りを見た。バレッタは見えた……かな?
「……ちっ。仕方がねえな」
少しは効果があったみたい。話しかけられた見張りは照れていた。
「おい!誰も入れるなって命令されてるだろ!」
「こいつを見ればムクバードも大人しくなるだろ。ちょうど仲間に渡し忘れた鍵もあるし開けるぞ」
わたしは心の中でガッツポーズをした。ナポレオンはしらけた顔で扉を開ける見張りを見た。ライコちゃんは不安そうにセニョールを抱きかかえていた。
「妹も連れて行っていいですか?」
「いいだろう」
「早く済ませろよ」
「ありがとうございます」
1人は背中を向け発電所の外を見張り、もう1人の見張りは丁寧なことに扉を押さえわたしたちを先に入れてくれた。
「本当にありがとうございます」
「あ?」
横から風が吹いてきた。風が通り過ぎる頃には見張りは倒れていた。
「ありがとう、セニョール」
セニョールは発電所に入る寸前にライコちゃんの腕から離れ、扉の前で『しびれ粉』を放った。私たちは発電所内に入っていたし口を押さえていたから『しびれ粉』を吸い込まずに済んだ。発電所の奥から人とポケモンの声が聞こえてくる。クルルは上手く攻撃を交わしながら騒ぎを起こしているみたい。
「キララ」
わたしは3匹目の手持ちポケモンを出した。控えめな声でキララは小さく鳴いた。
「通信機を壊してくれる?」
「コリ~ン」
キララは必要最低限の電気で通信機を破壊した。私は廊下の大きさを調べた。これくらいの広さなら問題なさそうね。私はキララに続いてラミアを出した。
「グォー!」
8m以上大きいイワークのラミアを出すと廊下は一気に狭くなった。あらかじめ作戦を伝えていたライコちゃんもその大きさに驚いた。
「クルルと合流するわよ!」
「ポチャアッ!」
「イワーー!」
「コココココリ~ン!」
キララ、ナポレオン、私とライコちゃん、セニョールの順番で私たちはラミアに乗った。ラミアは天上にぶつからないように気をつけながら猛スピードで廊下を這った。
「ひだり!そのあとみぎ!」
ライコちゃんの指示に従いながらキララとナポレオンは進んだ。すごい……私なんて両手を見ないと右と左がわからないのに……!
「なんだ?侵入者か!?」
団員がズバットを繰り出してきたけどキララの『スパーク』であっけなく落とされた。
「クルー♪」
「クルル!」
クルルはどこからか飛んできて私の肩に止まった。
「先発隊を務めてくれてありがと!」
「クルッ!」
クルルはいつものように敬礼した。クルルの鳴き声を聞きつけたのか新手の敵がやってきた。
「いたぞー!あっちだー!……っておわー!?」
他の団員たちが次々にポケモンを出すけど岩・電気・水のコンビネーションを崩せなかった。セニョールが出る幕もない。
「へぇ……ニャルマーにスカンプーか~。こんなポケモンもいるんだ~」
余裕があったから図鑑で敵のポケモンを調べた。ニャルマーは体がほぼ灰色のねこで尻尾がワイヤーみたいにくるくるしている。すましたおめめはピンク色のまぶたのせいか色っぽいけどいじわるそう。スカンプーは濃い紫色のポケモンで背中とお腹がベージュ色のスカンクみたいなポケモン。顔も全体的な姿もあんまりかわいくないわね。
「パパだ!」
奥の部屋を目前にしてライコちゃんが声を上げた。ドアについたガラスから白衣を着たおじさんと薄紫の髪のおじいさんが見えた。ライコちゃんのパパの無事を確認した次の瞬間ドアが開き、敵の刃が襲い掛かってきた。
「ズバット!『噛みつく』!」
「!?」
気づいたときには遅かった。イワークはズバットの攻撃を受けて叫んだ。よっぽど痛かったのか体がもだえ、そのショックでわたしたちはイワークから振り落とされた。
「リンッ!」
「ボチャ!」
「きゃあっ!」
「わっ!」
「ミッ!」
わたしたちはバラバラに床に転がった。床に叩きつけられなかったのは宙を飛べるクルルだけだった。わたしは真っ先にライコちゃんに駆け寄った。
「ライコちゃん!みんな!ケガはない?」
「うっ……なんとか……」
ポケモンたちは返事をすると立ち上がりわたしたちの周りに集まってきた。最後に集まったのはラミアだった。
「ラミア!?あなた……目が……!」
さっきのズバットはラミアの両目に的確にダメージを与えていた。いくら岩ポケモンでも目や口などの生身の部分が傷つくと痛い。ひどい……ポケモンバトルでこんなことをするのはルール違反なのに……!
「ちょっと~、こんな狭い場所でイワークなんて出さないでくれる?」
わたしは声の持ち主をにらんだ。赤い髪の女性は腕にズバットを乗せていた。