ミライ先生の日直日誌

~Ms.Mirai's Day Duty Journal~

ポケモン小説『海のプラチナ』第27.5話 黒髪の紳士 1

 ―その姿を目にした途端ボクの中の時は止まった。長い黒髪。白いワンピース。彼女は正に『天使』だった。

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ポケモン小説 『海のプラチナ』 特別編 「黒髪の紳士」

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 ボクの名前は天上院コウキ。ナナカマド博士の研究の手伝いをしている研究者の息子。研究者の家系に生まれたボクの夢は父のような立派な研究者になること。そんなボクは最近恋をした。相手は腰まで届く長髪が似合う聡明な美少女、ヒカリさん。サラサラとした黒髪に浮かぶキューティクルはまるで天使の輪のよう。大きな黒い瞳は見つめていると吸い込まれてしまいそう。彼女はどの時代にも通じる古典的な日本人の美しく整った顔を持っている。流行り廃り激しい芸能人で言われるような美人とは大違いだ。

「はぁ……ヒカリさんに会いたい」

 彼女と初めて会ったのは3日前。一昨日も会ったけど昨日は会えなかった。たった1日会えないだけで苦しいのにヒカリさんと会えなかった日が2日目に入ろうとしている。ああ、苦しい。これが恋わずらいか。本では読んだことがあるけど思っていたより心に沁みる。ああ……今ならトリスタンとイゾルデの気持ちがわかる。敵国に嫁ぐイゾルデが幸せになるためイズーの母が持たせた惚れ薬を手違いにより飲んでしまったトリスタンとイゾルデ。王に仕えし国の英雄トリスタンに王の嫁になるたびにやってきたイズー。薬のせいで恋に落ち、愛し合っていながらもお互いの立場のせいで恋愛成就を諦めそれぞれ他の人と結婚したあともなお互いを思い続け苦しんだ2人。戦の怪我で死に瀕したトリスタンは最後にイゾルデと会うことを願うがイゾルデに嫉妬した彼の妻はイゾルデは間に合わなかったと嘘をつき彼は……(以下省略)。ああ、もしボクがトリスタンだったら王と民を裏切ってでもイゾルデを幸せにするのに!ヒカリさんは例えなにがあろうがボクが幸せにしてみせる!例えポケモンバトルが苦手でも、友人を裏切ることになろうとも、世界を敵に回すとしても……!

「一言目がそれかよ」

 ボクは後ろを歩く金髪の少年を睨んだ。博士の頼みでクロガネシティに向かっていたら偶然ヒカリさんの幼馴染、ジュンという疫病神と会ってしまった。クロガネシティに忘れ物をしたという彼と仕方なく一緒に歩いているけど彼にはあまり良い印象はない。後先考えずに行動するし慎重さに欠けている。結果ばかり求めてもそこまでに至る過程がしっかりしていないと研究は上手くいかない。焦りの先に待っているものは失敗しかない。自分一人失敗して責任を負うのはいいけど周りに及ぼす被害も考えてほしい。

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 ジュンを受け付けない理由はそれだけじゃない。彼はボクの思いを寄せるヒカリさんとなんと12年間も同じ町に暮らしていたんだ!羨ましすぎる!ボクなんて彼女と出会ってまだ4日目なのに……。

「君になにがわかるの?!ボクは君と違って使命があるんだ!旅に出られるといっても博士の研究の手伝いが優先なんだから。君のようにジムを回っていればヒカリさんと会える可能性は高くなるけどボクはジムに挑戦する暇なんてないから滅多にヒカリさんと会えないのに……!」
「ヒカリならまだクロガネシティにいると思うぜ」

 ……Quoi?今なんて言った?

「ヒカリは体力ないからたぶんまだクロガネシティで休んでると思うぜ?あいつ慎重だからな。さっさと行動すればいいのにいちいち考え込んで……」
「ヒカリさ~~~~~~~~~~~~~~ん!!」

 ボクは歓喜の声を上げ走り出した。ああ……ヒカリさん!あなたはボクと同じ几帳面な方だったんですね……!きちんと考えてから行動することで無駄を生まない理論派。やはりヒカリさんはこっち側の人間だったんですね!研究者の家系として生まれたボクの妻にぴったり!きっとボクと結婚したら研究をサポートしつつ温かい家庭を築く理想の世界を描いてくれるでしょう!

「おーい!コウキのやろーー!待ちやがれーーー!!」

 ジュンも走り出した。でもボクは振り返らない。ジュンの様子を見る暇があったら一刻も早くクロガネシティにいるヒカリさんの姿をこの眼に写したい。……はっ!

「さてはボクがヒカリさんと会うのを邪魔するつもりですね!このサタン!」
「誰がサンタだーー!!オレはまだ若いぞ!オレとサンタさんに謝れーー!」

 ……って聞き間違えてるし。

「君のほうこそサンタに謝りなさい!サタンとサンタを聞き間違えるなんてキリスト教を冒涜していますよ!」
「サンタとサタデーアンダギーがなんだってーーー?!」

 ジュンの声が鼓膜を揺らした。もうボクの真横にいる。こんなに早く追いつかるなんて……!せっかちなだけあって足は速い。ボクは走るスピードを上げた。ほんの少しだけジュンとの距離が開く。

「もう黙っててください!」
「おまえなんでいきなり敬語になったんだよーーー?」
「ヒカリさんを思っているからです!」
「オレのことも思えよーーー!」
「誰があなたのことを!気色悪いじゃないですか!」
「おまえのほうが気持ちわりーぞ!」
「なんですって!」

 言い争っていたらクロガネゲートを抜けた。クロガネシティの地図は既に頭に叩き込んである。おそらくヒカリさんがいるのは民宿くろがね。クロガネシティにある宿泊施設といえばそこしかない。たまにテレビのCMに出るけどボクの好みじゃない。失礼かもしれないけど宿のレベルはせいぜい良くてB級だ。ヒカリさんにもボクにもふさわしくないけど今夜は泊まるしかない。ああ、いつかヒカリさんをシンオウ地方一と名高いホテルグランドレイクに連れて行きたい……そんなことを考えながらボクとジュンは民宿クロガネに突入した。

「きゃー!」
「うわっ!」

 何人かの客や仲居とぶつかりそうになりながら廊下を走るボクとジュン。気を抜いたら追い抜かれる。悪いけどぶつかりそうになった人達にはあとで謝ろう。現在の時刻は6時。おそらくヒカリさんはまだ食事中だ。ボクが民宿内で向かう場所は一つ、全ての客が集まる広間だ!ボクの愛の力ならたとえ広間に100人いてもヒカリさんを見つけられるはず。しばらく走っているとやけに賑やかな廊下を見つけた。ここだ!ここにヒカリさんがいる!ボクの心にあるヒカリさんセンサーが反応している!ボクは襖(ふすま)を開けた。

―バンッ!
―めこっ!

「ヒカリさん!」
「ヒカリーー!!」

 ボクたちが入ったと同時に左側の襖が吹っ飛んだ。いや、違う。吹っ飛ばされたんだ。ボクは右側の襖を普通に開けたけど左側の襖はジュンが蹴り破ったんだ!…………いや、そんなことはどうでもいい。ボクは目を凝らして広間を見た。彼女の居場所はすぐわかった。なぜなら彼女は天からの光で照らされていたから。広間の調度真ん中に大勢の人に囲まれながら彼女は座っていた。他の客と同じように浴衣を着ている。

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 …………ああ、ヒカリさん。かわいそうに。地上(クロガネシティ)に一時的に水浴び(温泉に入り)に来ただけなのにその美しさ故に周囲の人に引き止められてしまったんですね。天に帰りたいのに羽衣を奪われて普通の浴衣を着せられてしまった天女。安心してください。ヒカリさん。そんな有り触れた浴衣ではなくもっと綺麗な浴衣と空を飛べる羽衣をそのうちボクが用意してあげますからね……! 

「ヒカリさ~~~~~~~~ん!!会いたかったで~~~~~~す♡」

「おい!ちょっと待っ……」

 ヒカリさんは何も言わずに瞬きしていた。ヒカリさん……きっとボクに会えて感動するあまり声が出ないんですね……!ボクが居ても立ってもいられず走り出した。広間にいた人々はまるでモーゼが海を割ったように道を開けてくれた。そう、これはきっと天がヒカリさんと会うことを許している何よりの証拠だ!ヒカリさんにぶつからないようにボクはスピードを落としてスライディングをした。

「ヒ・カ・リ・さ~~~~~~~~~~~~ん!!」

―ポカン!

 ヒカリさんを目前にしてボクの後頭部に痛みが走った。あまりの痛みにボクは頭を抑えて蹲(うずくま)った。うう…………誰かがボクを殴ったんだ。でもこの拳はジュンじゃない。ジュンはまだ襖の所で喚(わめ)いている。この痛み……この威力……ボクはこの拳の持ち主を知っている……!

「アキラ兄さん!?」
「誰が兄さんだ!私は女だ!」

 成績優秀でスポーツ万能で未来を約束されているお金持ちのボクにも苦手なものはある。それは馬鹿(ジュンやハンサム)と悪(今の所該当する人物は知らない)と狼藉者(ろうぜきもの)即ち従姉妹(いとこ)のアキラ兄さん!

「コウキくん!大丈夫っ?!」

 ヒカリさんはボクの頭に冷たいものを当てた。ああ、なんて優しいんだろう……!すぐボクを殴るアキラ兄……姉さんとは大違いだ。アキラ姉さんの拳の痛みでさえ引いてきた。やっぱりヒカリさんは女神だ……!

「ヒカリ、そんな奴放っておけ。菌がうつるぞ」

 ああ、ひどい。アキラ姉さんはどうしてこんなにボクに冷たいんだろう。同じヒコザルを選んだ者同士なのに……。それになによりボクたちは血が繋がっている。どうしてボクには優しくしてくれないんだろう。……ああ、でも幸いヒカリさんには優しいみたいだ。ヒカリさんが傷つかなくてよかっ……た……げふっ。

「コウキくん?コウキくん!しっかり!」

 ああ、駄目だ。意識が遠のいていく……。最後にヒカリさんの姿を見れてよかった……!

「なんだ~?ヒカリちゃん。ヒョウタさんと付き合い始めたと思ったら浮気かい?」
「そ、そんなんじゃありません!だいたい私……」
「二股かい?ヒョウタさんかわいそ~」
「いや、あそこの金髪を含めると三股だぞ!最近の若い子はやるねー」
「駄目ですよお客さ~ん。いくら炭鉱を救ったからってそんなことしちゃ~」

 む。なにやら聞き捨てならぬことを人々が口にしている。ボクは全身に力を入れた。ヒカリさんを屈辱するのはこのボクが許さな……。

―パンパン!

「はいはい。若い子をからかうのはそこまで!」

 手を叩いた音のあとに静かだけどはきはきとした声が聞こえた。目を開けるとそこには仲居さんより立派な着物を着た女の人がいた。肩まで伸びた赤茶色の髪は跳ねていて大人なのに茶目っ気があった。ここの女将さんだろうか?

「新しいお客様2名入りまーす!お部屋は別々でよろしいですね?夕食をご用意しましょうか?」

 控えめなのに明るくて元気の出る声だ。女将さんらしい人の声の影響で元気が出てきた。

「はい。お願いします。…………おねえさん綺麗ですね。ここの女将さんでしょうか?」
「はい!この宿を経営しているシズルと言います」
「一泊泊まらせていただきます」
「はい!かしこまりましたー!」

 ボクの母さんと同い年くらいだろうか?母さんも女将さんも歳を30過ぎているのに若々しい。ヒカリさんもいつかこんな風になるのかな。こんなに綺麗な女将さんがいるならこういう場所に泊まるのも悪くない。もちろん世界で一番綺麗で可愛くて美しいのはヒカリさんですけど。こうしてボクは民宿くろがねに一泊だけ泊まることになった。

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 ***

 

 シズルさんの計らいによりボクとジュンはそれぞれ別の部屋に案内され、特別に食事まで部屋に運んでもらった。きっとさっきの騒ぎで目立ちすぎたからだ。お膳立ての上に乗せられた食事は予想通り和食だった。ボクはどちらかというと洋食派だけどたまにはいいか。

「いいか、コウキ。食べながらでもいい。私の説教を聞け」
「はい」

 ボクは小さな声でいただきます、と呟くと箸に手をつけた。アキラ姉さんに言われて足は正座にしている。元々ボクは胡坐(あぐら)をかかないけど。だってあの座り方は美しくない。

「なんでジュンを連れて広間に入ってきたんだ?あんな大きな声でヒカリを呼んでどれだけヒカリが恥をかいたのか分からないのか?」
「ジュンは勝手についてきたんです。障子が壊れたのはボクのせいではありません」

 いくらアキラ兄さんが男らしくてかっこよくても一応女性だ。それに年上でもある。ボクは彼女の問いに敬語で答えた。

「大声でヒカリを呼んだ理由は?」
「それはただの愛情表現……ぐはっ!」
「お前はバカか!」

 頭を叩かれた。なんでアキラ姉さんはすぐボクを殴るんだろう?

「周囲の目を見ろ!周囲を!ヒカリは既に周りから注目されているんだ。これ以上目立ったらヒカリが居心地悪くなるだろ!」

 女将のシズルさんから聞いた話だとどうやら昨日ヒカリさんは炭鉱で暴れていたイワークを鎮め、仲間にしたというのだ。おかげで炭鉱は救われ、ヒカリさんはヒーローに。更に今日の夕方ヒカリさんはシズルさんの息子でもあるジムリーダーのヒョウタさんに勝ち、見事バッジを手に入れたというのだからすごい。

「ああ……ヒカリさん……!暴れる岩蛇ポケモンイワークはまるで上半身が人間で下半身が蛇の元リビアの女王ラミア。ゼウスに見初められ彼の妻ヘラの嫉妬で怪物にされてしまった彼女はヘラに全てを奪われ、眠れぬラミアは夜な夜な彷徨う」
「おい!」
「憎しみに捕らえられたラミアは人―とりわけ子ども―を襲うようになりもはや救いはないと思われていた。ところがそこに現れた一筋の光……」
「おいコウキ!」
「何の力も持たない普通の少女、ヒカリさんは暴れ狂うラミア(イワーク)を止め、許し、仲間として迎えただなんてなんて慈悲深いんで……ぐふっ!」

 アキラ姉さんはボクの背中を蹴った。ヒカリさんのことを考えていたボクはどうやら無意識で立ち上がっていたらしくお膳立ての横にボクは倒れた。ああ、なんていうことだ。ヒカリさんのことを考えた途端アキラ姉さんの説教が聞こえなくなり、いつの間にか心の声を口にしていただなんて……。

「だからどうしてお前はこうナヨナヨしてるんだ!いや、ヘラヘラか?とにかく気持ち悪い!ロマンチストだかナルシストだか知らないが前よりひどくなってないか?」
「機嫌を損ねてしまったのはごめんなさい。でもボクにどうしろと?ボクはヒカリさんに恋をしてしまったんです!ヒカリさんのことを好きになってからボクは変なんです!気がつけばいつもヒカリさんのことを考えている自分がいます。アキラ姉さんにこの気持ちはわからないんですか?アキラ姉さんは誰かに恋をしたことがないんですか?!」
「うっ……そ、それは……」

 アキラ姉さんは目を逸らした。まさかとは思うけど思い当たる人がいるのかな……。

「悪い。言い過ぎた。どうもお前のような奴は生理的に受け付けなくて……」
「…………」 

 アキラ姉さんのお父さんとボクの母さんは兄妹だ。ボクとアキラ姉さんの外見もよく見れば共通点がある。…………アキラ姉さんのほうがボクよりかっこいいけど。だけどいくら血が繋がっているとはいえボクらの性格は違いすぎる。環境のせいだろうか?なんでアキラ姉さんは気が荒いんだろう。父親を失ったことが原因なのかな?

「とにかくこれからは行動を慎めよ。冷めたかもしれないけど夕食をよく味わえ。私はこれからヒカリと一緒に風呂に入る」

 ピクッ。…………お風呂?ボクは『風呂』という神秘の言葉に反応した。

「……念のために言っておくが覗くなよ」
「覗きませんよ。紳士としてあるまじき行為です」

 アキラ姉さんはボクの顔を凝視した。アキラ姉さんの目は半信半疑だった。

「……本当だよな?」
「絶対覗きません」
「そうか」

 アキラ姉さんは部屋を出た。ボクは唇を広げた。ボクが女湯を覗く?覗きませんよ。アキラ姉さんの裸はね……!

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 女性の裸にも下着姿にも興味ない。ボクはあくまでも「紳士」ですから。でもそんなボクにも唯一例外があります。それは現在日本に1億7千7百7十7人いると言われる……いえ、地球に約68億人いる人間の中から愛することを選んだボクの思い人――ヒカリさん!たとえ34億人もの女性の裸は見逃してもヒカリさんの裸だけは見逃せない。

 ボクは急いで食事を済ませるとヒコザルアポロンと共に風呂場に向かった。カメラや望遠鏡など必要ない。ヒカリさんの裸は肉眼で見る……!誰にも邪魔をさせないと思った矢先に障害物が現れた。男湯の脱衣室には先客がいた。

「よー!コウキ。おまえもフロか?」

 そこにはボクのライバル、ジュンがいた。濡れた金髪をタオルでゴシゴシ拭いている。足元にはナエトルがブルブルと震えて水気を飛ばしていた。もっと丁寧に乾かせばいいのに。

「まあね。女湯からヒカリさんの声聞こえた?」

 素早く食事を済ませたとはいえヒカリさんがまだお風呂に入っているかどうか心配だった。ジュンに回りくどい話をするよりも単刀直入に訊いた。

「いや、誰の声も聞こえなかったぞ」

 やった!まだ入ってない。待ち伏せできる。

「そう」

 ボクはそっけなく返事をしてジュンに背を向けた。ジュンはもうすぐここから出る。これでボクの覗きを邪魔するものはいなくなった。だけど棚にある籠を取ったとき妙案が浮かんだ。確かにジュンは敵となったら厄介だけど仲間になればこれ以上心強い味方はいないかもしれない。身体能力はボクよりも高いみたいだし一応誘っておこう。

「ジュン。ヒカリさんの裸を見たいと思わない?」
「ああ?」

 思わずボクの口はニヤついた。ヒカリさんの裸を想像するだけで鼻血が出そう。

「きょうみねーや」

 は?な、な、ななななんだって!?

「あのヒカリさんの裸ですよ!天女の水浴びですよ!この世のものとは思えない美しい光景をあなたは見たくないと言うのですか?!」
「ふつうにこの世のものだと思うぞ。昔はよくヒカリとフロ入ってたし」

 ……はあ?ボクはヒカリさんの裸を一度も見たことがないのにこの馬鹿は既に何十回、いや何百回と見ているだと……!?

「なんと不埒な!?ボクでさえ一度も見たことないのにあなたは何百回も見てその度にヒカリさんの裸に欲情したいたんですか!?」
「よくじょうってなんだ?……大浴場(だいよくじょう)のことか?」

 ヒカリさんの裸に興味ないだと…………こいつには邪心というものがないのか!?

「今のヒカリは着替えを見られるのも嫌がるしヒカリが嫌がるようなことはオレしたくねーや」

 むむむむ……それはつまりジュンを味方に引き入れることは無理ということですね。

「ジュン」
「ん?」
「ふんっ!」

―ドスッ。

 ボクはジュンの腹部を思いっきり殴った。

「キキッ!?」
「ル~?」 

 アポロンは目を丸くし、ナエトルは首をかしげた。

「ジュンくんったら眠ってしまったみたいですね。ナエトルさん、ジュンくんと一緒にサウナに入ったらどうですか?ウトウトするくらい気持ちいいですよ」

 ボクは普段は女性の前でしか見せない紳士モードになった。持ち主に似て単純なナエトルならコロッと騙されるはず。

「ル~♪」

 予想通りナエトルは騙された。ボクはジュンを抱えながらサウナに入れた。ジュンは体が丈夫だからしばらくサウナに放置しても大丈夫だろう。

「ここで大人しくしていてくださいね」
「ル~!」

 これで邪魔者は消えた。あとはヒカリさんの裸を覗くのみ……!

 障害物を取り除いたボクは腰にタオルを巻き、軽い足取りで風呂場に入った。これで気兼ねなくヒカリさんの裸を覗ける。もしアキラ姉さんにバレたら紳士としてあるまじき行為だと罵られるかもしれませんが仕方ありません。成人したあとヒカリさんと結婚すればいつでもヒカリさんの裸は見られます。でもそれでは意味がありません。ボクが今見たいのは成人する前のヒカリさんの裸です。こればかりは今見ないと永遠にチャンスを見逃します。

 ボクは岩だらけの風呂場に目などくれず念入りに体を洗い始めました。なにせ神聖なヒカリさんの裸を覗くのです。汚い体で覗いたら彼女に失礼です。

アポローン、背中よろしくお願いしまーす」

 アポロンはのろのろボクの元へ来ると背中を流してくれた。もしかしてボクがこれからしようということに反対なのだろうか?それでもボクを止める様子はないしボクもやめるつもりはない。例えパートナーのポケモンに見下されようともボクはヒカリさんの裸を見る……!体を洗い終わるとボクは湯船に浸かった。ヒカリさんの声はまだ聞こえない。ボクはヒカリさんの思いを馳せた。

 まだ膨らみきってない胸……伸び盛りの手足……熟す前の果物はまずいといいますがヒカリさんは違う。もしボクが吸血鬼だったら思わずその細い首筋に牙を立てていたでしょう。そうすれば極上の味わいのあと彼女はボクと同じ吸血鬼になり永遠に愛し合うことができる。ああ、なんて素敵なラビリンスでしょう……!彼女と一緒なら迷宮に入っても怖くない。想像するだけでよだれが出てきそうです。

―ガララララララッ。

 隣りの女湯から引き戸を開ける音が聞こえた。ボクは思考を止めて耳を澄ました。

「全く……ヒカリは準備をかけすぎだぞ」

 アキラ姉さんの声だ。

「ごめ~ん。シャンプーが見つからなくて……」

 来たーーーーーーーーーーーー!ヒカリさんです!小鳥のように綺麗で透き通ったヒカリさんの声が聞こえてきました!

「ナポレオン、ビッパー、クルル、キララ、セニョール。ちゃんと体洗うのよー」
「ポチャー!」
「ビーップ!」
「クルーッ!」
「コリ~ン」
「ミー♪」

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 む、ヒカリさんのポケモンも入るのですか。いつの間にこんなに捕まえたんですね。

「いいな~。ヒカリのポケモンは小柄で」
「アキラのポケモンは最終進化形態だから風呂場に入れるには大きすぎるもんね」
「おまえのイワークも残念だな」
「ラミアは水が苦手だから……」

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 なんと!イワークにラミアというニックネームを付けたのですね!まさかボクと同じ考え方をしていたとは……やはりボクたち気が合います!

 ボクはそっと湯船から出た。女湯と男湯を遮る柵にこっそり近づくとアポロンを呼んだ。

アポロン、この柵に覗き穴を作って下さい。『火の粉』です!」
「ウキ~……」

 アポロンは明らかに気が乗らないみたいでしたが指先から炎を出した。ボクの指示通りに木製の柵に片目で覗けるくらいの穴を開けた。

「ありがとうございます。あとはゆっくりしていいですよ」
「キ~」

 アポロンはササッと離れた。乗り気ではないとはいえボクに協力してくれたアポロンに感謝した。そしてボクはドキドキしながら穴を覗く。湯気で見えにくかったけどこの湯気はヒカリさんの姿を遮ると同時にボクをヒカリさんの視界から隠す効果もある。そんな諸刃の湯気にもどかしさを感じながらボクは目を凝らした。

「カブトはコウキくんに渡しちゃったの?」
「一時的にな。ナナカマド博士の研究のためだ。そのかわりコウキのピッピを人質に取っている」
「人質って……」

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 見えたーーーーーーーーーーーー!見えました!ヒカリさんです!ヒカリさんの背中が見えました!体が泡に包まれて裸が見えませんがヒカリさんです!台に座りながら体を洗っています。ああ、体を泡で覆った彼女はまるでアフロディーテ誕生の瞬間……生まれたままの姿を泡で隠しているとはいえ泡は返って彼女の美しさを際立たせていた。

ヒョウタさんってシズルさんにそっくりだねー」
「母親似だな」

 アキラ姉さんとヒカリさんの会話が聞こえる。ああ、ヒカリさん……彼女は美しい……!でも泡の下に潜む彼女の肌も見たい。そう思った矢先にヒカリさんは桶を取った。やった!お湯で泡を流すんですね!ついにヒカリさんの裸をこの目に刻める……!ボクは口からこぼれそうなよだれを飲み込んだ。

「コリ~ン?」
「え?」

 ヒカリさんの裸を見ようとした瞬間黄色いつぶらな瞳と目が合った。この瞳はおそらく初めてヒカリさんと出会ったときに襲ってきたルクシオの進化前のポケモンコリンクだ。普通のコリンクより気弱そうな瞳は不安そうにボクを見つめていた。

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―バチッ。

 え?

バチバチッ。

 げっ……。青いコリンクの体から電気が生じていた。明らかにボクを警戒している。ま、ま、ままままさか『電気ショック』を使うつもりですか?

「あ……いえ、初めまして。ボクの名前はコウキと言います。ヒカリさんのポケモンですか?不安にならないでください。何を隠そう、ボクは未来のヒカリさんの夫になる男です。それにしてもヒカリさんもいい趣味をしていますね。あなたのようなかわいらしいポケモンを仲間にするとは。見たところあなたはメスのコリンクみたいですがお名前は……」

―バチッ。バチバチッ。

 小さな声で早口で挨拶したけどコリンクの警戒心は解けなかった。コリンクの体からです電気の量は増すばかり。や、やばい……この場を離れないと……。あ!でもでもっ!まだヒカリさんの裸を見ていな……。

「コ、コ、…………コリ~~~~ン!!」
「グギャァァァアアアアアアアア!!」

―ボフンッ!

 コリンクの電撃はボクと柵に直撃し、軽い爆発が起きた。

「なに?」
「なんだ!?」
「ポチャア!?」

 声が聞こえる。でもボクはコリンクの電撃に感電して動けない。

「なんだってんだよー!」
「キャーーー!!」
「ル~?」

 ジュンの声が聞こえた。やばい……今の爆発で目覚めたんだ。目を開けると修羅のような顔でアキラ姉さんがボクを見下ろしていた。体にはしっかりタオルを巻いている。

「なんだってんだよー!アキラ!おまえなんで女湯にいるんだ?まさかオカマだったのか!?」

―ゴンッ。

 アキラ姉さんはジュンに怒りの鉄槌を喰らわせた。

「私はだ!!」

 アキラ姉さんが顔を真っ赤にして怒鳴った。ジュン…………。アキラ姉さんが女性だということを知らなかったのか。

「と・に・か・く!コウキ……ジュン……これはどういうことだ?」

 背筋がゾッとした。アキラ姉さんは怒ると怖い。ボクはアキラ姉さんの怒りの矛先を変え、なおかつヒカリさんに嫌われないためとっさに思いついた言い訳を口にした。

「ごめんなさい!アキラ姉さん!ジュンが女湯を覗こうとしたんです!」
「なんだってんだよー!」

 アキラ姉さんはボクから視線を外しジュンを睨みつけた。アキラ姉さんの迫力に押されたのかジュンの体から汗が噴き出した。

「ボクは止めようとしたんです!でもジュンは聞かなくてそれでコリンクが『電気ショック』を……」
「……本当か?ジュン」
「なんのことだよ?オレはすげー音が聞こえたからここに来ただけだぞ!」

 ジュンがアキラ姉さんに問いつめられている隙にボクはヒカリさんを見た。でも残念ながらヒカリさんもアキラ姉さんと同じように体にタオルを巻いていた。そんな……ヒカリさんの裸が……!

「待って!ジュンはそんなことしない!」
「ヒカリ?」

 え?そんな!ヒカリさん!まさかジュンを庇うんですか?

「ジュンはこの前わたしの下着姿を見ても反応しなかったのよ。そんなジュンが女湯を覗くはずがないわ!」

 何―――――――――――!?ジュン!あなたという男は!ボクがヒカリさんと初めて会った日に、ヒカリさんの着替えているところを見たというのですか!?

「それもそうだな……ジュンはバカだがエロじゃない。ということは……」

 アキラ姉さんは再びボクを睨みつけた。うっ……さすがにこれ以上抵抗したら見苦しい。ここは本当のことを言って謝ろう。そうじゃないともっとひどいことがボクを待ち受けている。

「なんでコリンクが『電気ショック』を使ったことを知っているんだ?さてはお前が……」
「ごめんなさい!ボクが覗こうとしました!でも違うんです!ボクはヒカリさんの裸が見たかっただけなんです!アキラ姉さんの裸なんてちっとも見たくありま……」
「なんだとーー!?」

 ボクは本当のことを言っただけなのにかえってアキラ姉さんの怒りを仰いでしまった。

「フローロ!」
「フロロー!」

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 いつの間にか潜んでいたのかオレンジ色のポケモンが湯船から飛び出した。首の周りから腰の辺りに黄色い浮き袋のようなものがついている。あれは海鼬(うみイタチ)ポケモンフローゼル

「『アクアジェット』!」
「フローー!」
「ゴフッ……」

 フローゼルは水を纏いボクに突進してきた。避ける暇もなかった。そもそも避ける暇があるはずがない。フローゼルは水ポケモンの中でもトップスピードの持ち主だ。それに『アクアジェット』は必ず先制攻撃ができる技だ。人間ごときに避けられるはずがない。

「ポチャー!」

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 ヒカリさんのポッチャマフローゼルに便乗してボクに攻撃し始めた。ポッチャマはボクの頬を『連続ビンタ』のようにペチペチとはたきまくった。痛い……でも当然の罪なのかもしれない。フローロが『滝登り』や『波乗り』で攻撃しなかっただけマシかもしれない。気が遠くなっていく中ボクは誰かが走ってくる音が聞こえた。

「国際警察だ!手を上げろ!」
「キャーー!!」

―バコーン!

 ヒカリさんの悲鳴と共に何かがぶつかる音がした。おそらくヒカリさんが警察に桶を投げたんだろう。そして聞き覚えるのある声はおそらくコトブキシティで出会った国際警察のおじさんだ。

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「ぐはっ……」

 おじさんが倒れる音が聞こえた。きっとあの様子じゃすぐに意識を失っただろう。そして……ボクの意識も…………。

 

***

 

「風呂場に入ってからの記憶がないが……本当になにもなかったんだな?」

 ボクとジュンとヒカリさんとアキラ姉さんは玄関に立っていた。目の前には旅館を去ろうとしている国際警察のハンサムがいる。

「本当ですよ」

 ボクは作り笑いを浮かべる。頬が両方とも脹れているけど風呂上りのせいで赤いと誤魔化した。

「本当になんでもないんです!わたしがお風呂場で滑って驚いて叫び声を上げてしまって……それでみんなが駆けつけてきただけなんです」

 ヒカリさんも嘘をついていた。ボクを庇ってくれるんですね。ヒカリさんの裸を覗こうしていたのに。ああ、なんて女神のように優しいんだろう……!

「おっさん忙しいんだろ?さっさと行けば?」
「ジュン。口の訊き方に気をつけろ」

 アキラ姉さんも何事もなかったように振舞っている。やはり大人だ。

「そうか。じゃあ頭が痛いのはなぜだろう……」
「そ、それは!ハンサムさんも転んだからですよ!倒れたときに頭を打ったんです」
「そうか。それは迂闊(うかつ)だったな」

 ハンサムさんは頭を痛そうにさすると背を向けた。

「わたしはこれから仕事だからここを去るが……君たちはまだ子どもだから早く寝るんだぞ」
「「「はーい」」」

 ボクとジュンとヒカリさんは返事をしたけどアキラ姉さんは返事をしなかった。

「アキラくんと言ったな……君はこの子たちの面倒を頼む」
「はい」
「それじゃあさらばだ!」
「「「「ありがとうございましたー!」」」」

 仲居さんとボクたちに見送られながらハンサムさんは去った。ようやく玄関は静かになった。

「あのう、すみませんが……」

 女将さんのシズルさんが話しかけてきた。一体何のようだろう?

「そこの金髪のお客さま、壺と襖の弁償代を忘れないでくださいね。あと黒髪のお坊ちゃま、お風呂場の柵を弁償していただけませんか?」
「「え……?」」

 忘れていた。ボクが女湯を覗いたせいで柵が壊れてしまったんだった。ヒカリさんのコリンクのせいではない。柵を弁償するのはいいとしてジュンはいつ壺を割ったんだろう?広間へ走っているときに壺を持っている仲居さんとぶつかったのかな?

「金髪の方を攻めないでください。全てボクが弁償しますから」
「えっ?」

 ヒカリさんの驚く声がした。驚く声もかわいい。

「そうですか。ではこれが請求書になります」

 シズルさんは落ち着いたまま請求書を渡した。弁償金額は47万円。おそらく壺が高かったのだろう。ボクにとっては安いけど、思っていたより高い宿代になった。

 

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