そのポケモンは白かった。どのポケモンよりも白かった。銀色の爪。銀色の輪。青い瞳。眼の周りを覆う黒い毛。それ以外は全て真っ白だった。白銀の龍と言ってもいい。青い瞳は果てしなく続く空のようで…………全てを見透かすようだった。
『 我が名はレシラム。真実を見届けるもの。 汝 ( なんじ ) の声を聞き駆けつけた』
『我は問う。汝の名は?』
「っ!?」
ノエルは周りを見渡した。Nとゼクロムがいない。不思議なことに彼女が着ている服も変わっている。タイルの廊下も石の柱もレンガの壁もなくなっていた。そこにはなにもない。…………レシラムとノエルを除いては。伝説のポケモンと英雄の少女はいつのまにか真っ白な空間にいた。
(これはレシラムの声……?ポケモンがしゃべっている……!?)
レシラムと目が合った。瞬きすることも生唾を飲むこともできない。伝説のポケモンの前でそんな恐れ多いことをできるはずがない。
『…………』
よく考えたら相手は伝説のポケモンだ。テレパシーで話しかけることができたとしてもおかしくはない。 緊張しているもののノエルは 凛とした態度で名乗った。いつものように 誇 りを持って。
「あたしの名前はノエル。ノエル・ピースメーカー!」
少女の名前を聞くとレシラムは感心したようだった。
『ピースメーカー…………その名を聞くのは久しい。……ノエル!再び汝に問おう。汝の求める真実とはなんだ?』
「真実……?」
ノエルは力を求めた。それに応えるように現れたのがレシラムだ。だがレシラムは彼女にどんな真実を求めているか訊いてきた。ノエルの顔に困惑の表情が浮かぶ。
(守る力をほしがることと真実を求めることが関係あるの……?)
レシラムは立ったままだ。その真っすぐな目をノエルに向けている。空色の目の持ち主たちは互いを見つめ合う。…… 静寂 。2人の空間は静かだった。無音で空の中を動く雲のように。レシラムは黙って答えを待っていた。言い伝えではレシラムは真実を追い求める者に力を貸すと言われている。また、真実を追い求める者でも善の心を持たない人間だと焼かれてしまうという。
ノエルはどちらかというと善だ。だからといってNが悪ということではない。ただ互いの求めるものが違うため対立しているだけだ。Nは真実以上に理想を強く求めた。ならノエルは無意識に理想より真実を求めていたのだろうか?ノエルは今まで考えたことがなかった。彼女が求める真実とは……?
(人間とポケモン…………。自由。平等。博愛。)
ノエルは今まで会ったトレーナーとポケモンたちのことを思い出した。
(人間もポケモンも……自由を楽しむ権利があって、差別されることなく平等に扱われ、博愛の精神を持っているよね?みんな互いの存在をちゃんと尊重してるよね?お互い助け合ってるよね?)
少女は思い出の世界から帰ってきた。レシラムはまだ待っている。はたしてノエルはレシラムが納得できるような答えを言えるのだろうか?
「あたしはNを救いたい……。Nに教えたいの。世界は数式のように答えは一つじゃないって。答えは…………人によって違うこともあるの。世界には色んな考えがあってそれらの全てが間違っているとは限らないということをわかってほしいの!」
『答えは一つではない……?ならば真実は?』
レシラムは無表情のままだった。ノエルの声が自然と大きくなった。
「答えはたくさんあるけどそのたくさんの答えの中心に変わらない真実があるの!人間と人間。ポケモンとポケモン。そして人間とポケモン…………。人間とポケモンはわかりあえる!それが真実よ!私はそれを証明したい!!」
レシラムは 凛々 しく笑った。
『それが 汝の求める真実か……。よかろう。 汝 とともに 闘 おう!!』
「!」
気がつけばそこはもといた場所。決着をつけるため定められた聖地。宿命の相手は目の前。もう1人の英雄はさきほどと変わらぬ様子でゼクロムの横に立っていた。
「ゼクロムとレシラムはもとはひとつの命……。一匹のポケモンだった。正反対にしてまったく同じ存在。ゼクロムとレシラムも英雄と認めた人物のもとにあらわれるポケモン。……そうか。やはりキミも」
Nは目を閉じた。口元には笑みを浮かべている。相手を倒せる 余裕から来る笑みではない。好きな人の新たな面を見つけたときに浮かべる笑みに似ている。
「真実を追い求める英雄にその力を貸すといわれているレシラムがキミの力を認めともに歩むことを決めたか……。ノエル……やはりキミはボクの理想通りの女性だ!ますますキミを仲間にしたくなった!」
Nは両腕を上げるとゆっくり目を開けた。
「ボクには未来がみえる!絶対に勝つ!!」
Nのゼクロムがノエルたちに向かって飛んできた。それをノエルはレシラムで迎え撃つ。
ゼクロムとレシラムは飛び立った。2人の英雄を置いて。2頭は競い合うように一直線に空を飛び、宙で止まった。
ノエルとNは2頭がいる空を見上げていた。レシラムの独断に戸惑うノエル。Nはさほど驚かずノエルに説明した。
「彼らは伝説と呼ばれるくらい賢いポケモンだ。ボクたちの指示なしで戦える」
ノエルは視線をレシラムとゼクロムから外した。ノエルとNの目が合う。
「……空中戦は2頭に任せてボクたちは地上の戦いを始めようか」
Nはボールを投げた。Nがどんなポケモンを出すかもわからずノエルは最初のポケモンを選んだ。
***
――時は少しさかのぼる。それはホワイトストーンからレシラムが現れたときだった。プラズマ団の七賢人の1人、ゲーチスは驚嘆した様子でレシラムを見ていた。
「ありえません……!ここでレシラムが現れるだなんて……。トウコ・アララギ…………まさか!?あの娘、ピースメーカー家の生き残りか?!」
狼狽するゲーチスの横でなにかが床に叩きつけられた。ゲーチスのポケモンのデスカーンだ。チェレンのレパルダスがトレーナーと同じ得意げな顔をしていた。アデクも自分のポケモン、アギルダーと同じように腕を組んでいる。
「アギルダー!『スピードスター』だ!」
「レパルダス、『不意打ち』!」
アデクとチェレンは隙を見逃さなかった。紫色の豹と覆面のファイターは容赦なく棺 の霊を攻撃した。ゲーチスがノエルとレシラムに気を取られている間にデスカーンはやられてしまった。
「よそ見とはずいぶん余裕があるね」
「貴様の好きにはさせんぞ!」
「くっ……!」
***
Nが出したポケモンは古代亀ポケモンのアバゴーラだった。タイプは水・岩。虫・電気タイプの 電気蜘蛛ポケモンのデンチュラを選んだノエルはしめたと思った。
「デンチュラ!『放電』!」
素早さはデンチュラのほうがはるかに勝っていた。ゼクロムほどではないがあちこちに電気の閃光が放たれる。弱点をついたし特功にも自信がある。アバゴーラは一発でやられるかと思われた。だがアバゴーラは『放電』を耐え反撃してきた。
「なっ!?」
ノエルのポケモン図鑑が反応した。[特性:頑丈]。特性が頑丈なポケモンは決して一撃ではやられない。それがどんなに強力で致命的な技でもだ。
「アバゴーラ。『岩なだれ』」
「アバー!」
「デンチュラっ!?」
無数の岩がデンチュラを襲う。虫タイプのデンチュラには岩タイプの攻撃はきつい。デンチュラは痛そうに鳴いた。
「チュ~……」
「それでボクたちを止められるのかい……!」
「止められるわよ!『エレキネット』!」
デンチュラは電気を帯びた網状の糸を吐き出した。体を拘束されたアバゴーラは糸に感電して倒れた。
「おいで。バイバニラ」
Nはアイスクリームみたいなポケモンを出した。デンチュラは弱っている。だけど交代するわけにはいかない。この戦闘はどちらかのポケモンが倒れるまで続くのだ。最後まで立つことを許されているのはノエルかNのポケモン1匹だけだ。ノエルは心の中でデンチュラに謝りながら指示をした。
「『放電』!」
熱を帯びた電気が氷を溶かそうと襲いかかる。だが氷タイプの弱点は電気ではない。バイバニラは痺れたもののまだ浮いていた。
「さっきと同じじゃないか……。『吹雪』」
「バイバ~イ」
バイバニラは深呼吸をすると大量の雪を吹き出した。デンチュラはみるみる凍っていき戦闘不能になった。
「『氷の息吹』」
これは真剣勝負だ。ボードゲームではない。チェスや将棋のように「待った」は使えない。バイバニラの冷たい息がドリュウズ目掛けて飛んでくる。ドリュウズは鋼の爪を盾替わりにした。
「威力は40でも必ず急所に当たるから実質2倍のダメージだよ」
「うっさいわね!『メタルクロー』!」
「ドリュウウウウウウッ!」
『放電』でHPが減っていたバイバニラは弱点の鋼攻撃を受けて地面に落ちた。
「世界中のトレーナーのためにチェレンとアデクさんも戦っているのよ。あたしのポケモンたちもがんばってる。負けられないわ!」
ノエルの言葉にNも対抗する。
「ボクだって世界中のポケモンのために戦っているんだ!仲間のプラズマ団のためにも、今戦っているゲーチスのためにもボクはやられるわけにはいかない!」
Nはギギギアルを出した。大きな歯車が 土竜 《 モグラ 》 を襲う。鋼VS地面・鋼。同じ鋼でも地面タイプでもあるドリュウズのほうが有利だ。
「『地震』!」
「『電磁浮遊』」
ギギギアルは電気の力で浮遊した。もともと浮いていたがさらに高く浮遊することで地面タイプの攻撃を無力化した。ノエルは舌打ちした。
「『岩なだれ』!」
「『金属音』」
「『アイアンクロー』!」
「『金属音』」
ドリュウズは地面タイプ以外の技を放つが効果は薄い。鋼タイプに岩タイプの技で攻撃したところ効果は薄い。鋼タイプで攻撃してもあまり変わらない。金属のぶつかり合い。ギギギアルの『金属音』も相まって2人の耳が痛む。
「『切り裂く』!」
「ムダだよ。『金属音』」
今度はノーマルタイプの技で攻撃したがダメージは低い。鋼タイプは鋼・岩・ノーマル・悪タイプの技に強い。毒タイプの攻撃にいたってはダメージ0だ。
「地面タイプの技が使えれば……!」
「手遅れだよ。『ラスターカノン』」
「ギギギ」
銀色の光線がドリュウズを直撃した。今まで散々『金属音』で特防を下げられたドリュウズは瀕死になった。
「くっ……。お願い!ブルンゲル!」
瀕死になったドリュウズを労う時間もない。
「ぶっ飛ばして!」
「ブル~~」
2mもあるピンク色のクラゲは『ハイドロポンプ』を放出しようと膨れた。だが怒涛の勢いで水を発射する前に非情な歯車に攻撃された。
「『放電』」
全体攻撃の放電から逃れる術はない。プルンゲルは一撃も放てずにやられてしまった。
「ブルンゲル!」
ノエルはプルンゲルに駆け寄った。びしょびしょでふにゃふにゃになったプルンゲルに触れようとしたが手を止めた。まだ電気を帯びている。触ったら危険だ。
「ブル~……」
ブルンゲルはすまなそうに鳴いた。ノエルは泣きたくなった。
「これがさっきキミのデンチュラがボクのアバゴーラにやったことだよ」
Nの言う通りだった。これはバトルだ。やらなければこっちがやられる。やられる前にやる。やられたらやり返す。当然のことだ。だけどノエルは悲しくて悲しくてしかたがなかった。
「どうして……どうして戦わなきゃいけないの?もうこんな戦いやめて!あんたもあたしもポケモンのこと好きでしょ?こんなことしなくたってわかりあえるでしょ?!」
上空ではまだレシラムがゼクロムと戦っている。後ろではアデクとチェレンがゲーチスと戦闘中だ。ノエルの目から涙がぽろぽろ流れる。
「あたしNと戦いたくないよ……。あたしのポケモンもNのポケモンも傷つくのはいや……」
ポケモントレーナーの挨拶はポケモンバトルだ。バトルを通じて互いを知ろうとする。いわばスポーツだ。トレーナー同士のバトル、とりわけジム戦は楽しかった。お互い同意の上で最高のバトルをできるのだから。だがNとのバトルは全く楽しくなかった。初めてバトルしたときからそうだ。なぜ戦わなければいけないのかわからず、全然楽しくなくて、ただひたすら悲しい。Nとのバトルはスポーツではない。ただのケンカだ。
「ノエル……」
ギギギアルの『電磁浮遊』の効果が切れた。Nと同じ目線で浮くギギギアル。ノエルが次のポケモンを出さないので攻撃する素振りはない。
「ボクだってキミと戦いたくない。でも…………キミがボクの仲間になるのなら…………世界中のポケモンを解放したあとポケモンを逃がすと約束してくれたら、この戦いをやめてもいい」
「ダメ!!」
「なら戦うんだ!キミはそんな弱い人間じゃないはずだ!」
ノエルはぐっと涙をこらえた。歯を食いしばると迷いを断ち切るように叫んだ。
「ウォーグルーーーーー!!」