ミライ先生の日直日誌

~Ms.Mirai's Day Duty Journal~

ポケモン小説『白黒遊戯』第16話 暴れん坊将軍

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 町の雰囲気はそこに住む人々と建物で決まる。シッポウシティは田舎だが、芸術家が集うだけあって宿泊所にもこだわっていた。町が森に囲まれているのを利用し、そこに自然に溶け込むようログハウスが建てられていた。

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 遠目から見るとわからないが、丸太は一本一本のこぎりで装飾がほどこされている。丸太、のこぎり、人力とポケモンの力しか使われていないのが信じられないくらい見事なログハウスだった。今日も旅のトレーナーが一人、また一人とログハウスに入っていく。最初に入ったのは黒髪の少年だった。

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「ようこそ。シッポウログハウスへ」
「シングルルームを1人分お願いします」
「こちらの紙にお名前と住所を書いてください」

 少年は受付の女性に言われた通り個人情報を記入する。受付の女性の質問に二言三言答え、最後にトレーナーカードの掲示を求められた。彼がカードを受付の女性に渡すと、隣りから声が聞こえてきた。

「ようこそ。シッポウログハウスへ」
「シングルーム。あ、隣りの人と同室でお願いします♡」
「はい??」

 隣りの受付の女性は思わず訊き返す。少年は何も飲んでいないのに口から空気を噴き出す。彼は受付のカウンターを強く叩き叫んだ。

「ノエルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 

 ノエルと呼ばれた少女は少しも悪びれず手を振る。

「ハ~イ♪チェレン

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 満面の笑顔のノエルにぴたっとくっつくツタージャ。彼女の足元できょとんとしているモグリューチェレンはなぜこんな小悪魔がポケモンに好かれるか理解に苦しんだ。

「……『ハ~イ♪』じゃない!年頃の男女が同じ部屋で泊まるのはどう考えてもまずいだろう!」 

 ノエルはくすくす笑っている。受付の女性たちは困惑している。

「あら~。昔はよく一緒に寝たじゃない♪」
「小さい時だろう。それにそのときはベルも一緒にいた」
「きゃっ♡小さい時から3Pしてただなんて~。チェレンったら大胆♡」
「なにをどう解釈すればそうなるんだ!?」

 ああ言えばこう言う。埒(らち)の明かない会話にそのフロアにいる人が全員注目していた。受付に列ができていなかったのがせめてもの救いだろう。そこへ何も知らない客が3番目の受付に来た。

「こんばんは~。今夜ここに泊まりま~す!あ、隣りにいる人と同じ部屋でお願いしまーす♪」
「ミジュッ!?」

 無邪気に無茶な注文をした第三の客はベルだった。ノエルはチェレンをほったらかしてベルに抱きついた。

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「あら、ベルじゃな~い♪無事にシッポウシティに着いてよかったわね~」
「同じ部屋で泊まろお!」
「もちろ~ん。そのほうが宿代が浮くもの~♡」
「最初からそれが目的かっ!」

 カノコタウンの名物トリオ―小悪魔ノエル、純天使ベル、苦労人チェレン。彼ら3人はシッポウシティでも人騒がせを起こしていた。

「……あの~、お客様?ログハウス内では静かにお願いします」
「ほら~。チェレンが騒ぐからよ。ちゃんと謝りなさい」
「申し訳ありません……って元はと言えば君のせいだろう!!」
「お客様。2人でシングルルームは狭(せま)すぎるかと……」
「ええ~。じゃあダブルベッド?でお願いしまーす」

 シッポウシティのログハウスにいろんな声が飛び交う。3人が旅に出てからカノコタウンは静かになったが、今夜はシッポウシティが賑やかだった。

 

***

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「ふう」

 チェレンは部屋に入ってすぐベッドに腰掛けた。ポカブ入りのボールをそばに置いて。

「まったく……ノエルときたら!おかげで恥をかいたじゃないか」

 結局ノエルとベルはダブルルームで泊まることになった。隣りの部屋だと騒がしくなるのでチェレンはわざわざ受付に2人から離れた部屋を頼んだ。ようやく1人になったとき、彼はいかに自分が疲れているか気づいた。普段は寝るときしかベッドに横たわらないが、彼は横になる。天井を見ながら彼はここ数日間に起こった出来事を振り返った。

(あれからまだ3日しか経っていないのか……)

 たった3日で色々なことが起こった。ポケモンをもらった。ポケモン解放の演説を聞いた。カラクサタウンでノエルが怪しい青年に絡まれた。サンヨウシティで初めてジム戦に挑んだ。地下水脈の穴でノエルと共にプラズマ団と戦った。シッポウシティでベルに連れ回された。ベルにあちこちの店に連れていかれたせいで今日チェレンは2回目のジム戦ができなかった。夕方になんとかベルと別れ、ジムに行ったときにはもう手遅れ。博物館も兼ねたジムは閉まっていた。さすがにチェレンもそれには腹が立った。しかたなくカフェソーコで夕食を取り、ログハウスに行ったらノエルとベルと鉢合わせたのだ。彼は明日ノエルとベルに説教することを決意する。それはともかく彼はあることを気にしていた。

プラズマ団の演説、謎の青年N、狙われたムンナポケモン強奪…………危険なことに首をつっこみすぎじゃないのか?ノエル)

 チェレンは密かにアララギ博士に言われたことを思い出す。

―ノエルの動向に気をつけてね。

 彼には博士に頼まれていたことが2つあった。1つ目はなにかあったら必ず博士に報告すること。2つ目は危険な目にあったら彼女の命を最優先すること。博士はなぜか彼女に危険が及ぶのを避けろとは言わなかった。むしろ危ないことに巻き込まれても止めるなと言った。

アララギ博士は何を考えているんだ?……まあいい)

 彼はポケモンをもらって旅に出ることができた。今はそれで十分だ。そろそろシャワーを浴びようと思ったらドアをノックされた。 

(こんな時間に誰だ?)

 最後に時計を見たときは8時半だった。今はもう9時過ぎだろう。彼は上半身を起こし、ドアを開ける。そこにいたのは幼馴染みだった。

「ノエル……?」

 ノエルはなぜか学校の制服を着ている。なぜチェレンの部屋に来たのだろうか。彼はノエルの様子がいつもと違う気がした。目線は下で、深刻な顔をしている。

チェレン……夜遅くにごめんね。どうしても話したいことがあって……」

 たちまちチェレンの頭にプラズマ団がフラッシュバックする。おそらくプラズマ団について相談したいのだろう。もしくはNやポッドなどストーカー予備軍についての相談とチェレンは推測した。 

「大事な話みたいだね……いいよ。入って」 

 幼馴染みとはいえ異性を部屋に招き入れることにチェレンは少し照れた。ジュニアスクールに入ってからもノエルとベルは彼の自室に何回か入ったことはある。しかし今回はノエル1人だけだ。チェレンは椅子に、ノエルはベッドに腰かけた。しばらくノエルは下を向いてもじもじしていたが、ようやく口を開く。

「あのね、チェレン……」

 めずらしく彼女はもったいぶっている。

「実はあたし……」

 顔を赤らめるノエル。チェレンは心配しながらごくりと唾を呑む。

「……チェレンのことが好きなの」
「そうか…………え?」

 チェレンは自分の耳を疑った。聞き間違えかと思いノエルを凝視する。するとその直後、彼女はブラウスのボタンを1つ、また1つと外した。

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「ずっと前から好きだったの……」
「え……?」

 予想外すぎる展開にチェレンの固い頭が追いつかない。彼女は右肩をはだけた。
「あたしと付き合って……♡」
「ノエル、ストップ!」

 彼は真っ赤になった。慌てて自分の顔を手で隠すが、つい指の隙間からノエルを見てしまう。 

「体の関係だけでもいいのよ……」 

 甘い誘惑に意識がとろんとなる。それでもチェレンは残った理性を振り絞って声を上げた。 

「ふ、不純異性交遊禁止!」

 気づけば部屋にはチェレンしかいなかった。カーテン越しに太陽の光が伝わる。ぼーっとしていたら目覚まし時計が鳴った。午前6時だ。夏なのでもう明るい。どうやら彼はシャワーを浴びる前に寝てしまったようだ。意識がはっきりしてくるにつれ、彼は気まずくなった。

「なんだってんだよーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

***

 

 シャワーを浴びたチェレンは頭を掻(か)いた。体はさっぱりしたものの心はげんなりしている。あんな恥ずかしい夢を見たあと二度寝などできるわけがない。彼は朝食の前に今日のジム戦と今後の旅の予習をした。いざ朝食を食べようとラウンジに出ると窓から問題の彼女の声がした。

「いーち、にー、さーん、しー……」

 ノエルだ。チェレンの気も知らずトレーニングに励んでいる。外でポケモンをトレーニングしているのだろう。

「声が小さーーい!」
「タジャー!」
「それでもやる気があるのかー!?」
「リュー!」

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 体育会系らしくさすがの小悪魔もトレーニングでは厳しいようだ。そっと様子を見ようとチェレンは窓を覗く。だが彼はトレーニングの光景を見て絶句する。

「ごー!」
「タジャー!」
「ろーく!」
「リュー!」
「ななー!」
「タジャー♪」

 庭にはツタージャモグリューを背中に乗せ、腕立て伏せに励んでいるノエルの姿があった。そしてその横には……。

「ノエルー!がんばってー♪」
「ミ……ミジュ!」

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 ポンポンを持ってノエルを応援するベルがいた。彼女のミジュマルは戸惑いながらも応援していた。どこからツッコめばいいかわからない。声をかけるつもりはなかったのに、気づけば彼は叫んでいた。

「なにやっているんだあああああああああああああああ!?」

 1時間後、カノコタウンの名物トリオはログハウスをあとにした。チェレンはノエルのめちゃくちゃなトレーニング方法を非難した。ベルに対してはノエルを止めなかったことと昨日ジム戦に行けなかったことについて怒った。食事中はだんまりを決め込んでいたが、気が済まなかったのか再び説教を始める。

「まったく!ノエル!君は現実だけでなく夢の中まで僕に迷惑をかけて!!」

 チェレンは歯をぎりぎりする。ポケモンだったら毛を逆立てていそうだ。身に覚えがないがノエルは謝罪した。

「あ~、夢の中で何したか知らないけどごめん」

 それでチェレンの怒りが治まるはずがない。チェレンは説教を続けた。

ポケモンがトレーニングするならともかく、なんでトレーナーである君がトレーニングするんだ!?ツタージャモグリューも8kg以上あるんだよ?それを背中に乗せて腕立て伏せするなんて……」
「だって強くなってツタージャモグリューを守りたいもん」

 ツタージャはノエルに説教するチェレンを睨みつけていたが、ノエルに守りたいと言われたとたんデレ~ッとした。

「タ~ジャ♡」
「リュ~♪」

 ツタージャに釣られてモグリューまで照れる。チェレンポケモンたちにもびしっとツッコむ。

「そこっ!喜ぶな!」

 チェレンはベルはどうしてるのか伺った。ベルはミジュマルヨーテリーとじゃれていた。彼の話など聞いていない。チェレンは頭を押さえた。彼はノエルと向き合う。

ポケモンはトレーナーを守るためにいるんだろう?」
「あら。そんなことないわよ。人間だってポケモンを救うこともあるわ。共存しているんだから。ポケモンに守ってもらってばっかじゃ不公平でしょ?」

 チェレンポケモンセンターや工事現場を思い出す。彼女の言うことも一理ある。1番道路でポケモンを捕獲する競争をしたときもそうだ。彼女はときどき滅茶苦茶なことをいうが正論も混じっている。

「……それもそうか」
「でしょ~♪」

 彼女は歯を見せて笑う。さっきまで真面目な顔だったのに。調子に乗りやすい性格なのが残念だ。チェレンはふん、と顔をそらす。

「っていうかチェレン服昨日とほぼ同じじゃん。あたしみたいにオシャレしたら?」

 チェレンは服装を指摘された。青いジャケットと黒いジーンズはそのまま。変えたのは中のシャツだけだ。一方、ノエルは迷彩柄のワンピースを着ている。今日は帽子を被っていない。髪には夢の中でもつけていた白いシュシュをつけていた。チェレンはシッポウシティで買ったのだと予測をつける。これ以上調子に乗ってほしくないのであえてチェレンは指摘しなかった。ベルはというと旅に不釣り合いなロングスカートを履いている。パフスリーブのシャツはともかく、ベルはいつも下に動きにくそうなものを選ぶ。昨日のタイトスカートも走れないが、今日のロングスカートは自分で踏みつけそうだ。

「じゃあ、僕はジムに挑むから」
「そう。あたしは先に進んじゃうからー☆」 

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 ノエルはひらひらと手を振る。チェレンと離れ離れになるのがうれしいのかツタージャは満面の笑みを浮かべていた。ベルはどうしようと足踏みをした。

「えー?じゃあベルはー……もうちょっと町を見ようかな?」
「もう散々見ただろう」

 昨日はベルにアクセサリー店、ブティック、雑貨屋、楽器屋、美術用品を扱う店など散々連れ回された。まだシッポウ博物館以外に行きたい場所があったのかとチェレンは呆れる。

「カフェソーコがまだ……。他にも穴場の店があるかもしれないし……。チェレンもどう?」
「メンドーだな。それにカフェソーコならもう行ったよ」

 追いかけるベルを無視し(彼女は転んだが振り返らなかった。スカートでも踏んづけたのだろう)、博物館に入る。そしてチェレンは入ってそうそう厄日はまだ続いていることを知る。

「ちょっとアンタたち!おふざけはよしとくれ!!」

 博物館のホームページで見た大柄な女性が2階で大声を上げた。博物館の館長兼ジムリーダーのアロエだ。

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 1階には昨日戦ったグループと同じ格好をした集団がいた。

プラズマ団……!)

 チェレンポカブの入ったボールに手を回す。出すタイミングに迷う。

「来たかジムリーダー。我々プラズマ団ポケモンを自由にするため博物館にあるドラゴンの骨を頂く」
「我々が本気であることを教えるためあえて目の前で奪おう」
「では煙幕!」

(しまった……!)

 黒い煙が博物館に立ち込む。聞こえるのは咳(せき)と幽霊のような「プラーズマープラーズマー」という言葉だけだった。チェレンプラズマ団を止めようと入口の前に立つ。だが彼はあっけなくプラズマ団に突き飛ばされる。

(くそっ……!僕じゃどうにかならないのか……?)

 このような状況を打破できる人物。チェレンは真っ先にノエルのことを思い浮かべた。入口が全開になったため煙が晴れた。そこへあちこちぶつかりながら誰かがチェレンに駆け寄る。 

チェレン!大丈夫う?なにがあったの?ここからプリズム団が出て行ったよお!」

 チェレンはなんとか起き上がる。「君の頭はあいかわらず虹が浮かんでいるね」と皮肉を言いそうになりながら。後ろからアロエと男の会話が聞こえてくる。

「なんてこったい……」
「あっあっ!?追いかけないといけないですよね!あの骨はアロエが大好きなもの……」

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 気を引き締めチェレンは博物館を出る。すると長身の男にぶつかりそうになった。Nかと思い身構えるが知らない男だった。カラフルな縦縞のズボンが不思議と似合う男だ。頭はもさもさしたしている。 

「おっと。キミ、気をつけなよ」

 チェレンに続きアロエ、キダチ、ベルも博物館から出る。カラフルな男は気さくに話しかけた。

「やあ、アロエ姉さん。なにかいい化石は見つかったかい?」

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***

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 その頃、ノエルは木の上にいた。登れないモグリューを肩に背負い、素手ツタージャと木をするする登ったのだ。

「ん~~~。木登りなんて久しぶり~。いつ以来だったかな~」
「タ~ジャ!」
「リュ~?」

 緑が豊かな地だ。ここは矢車の森。ポケモンと格闘した2番道路より生い茂っている。ノエル・ツタージャモグリューは深呼吸をする。

「いい眺め……ん?」

 プラズマ団が森に入ってきた。道路から外れ、彼らはちりぢりになっていく。当然それをノエルが逃がすはずがない。 

「ま~たあいつら悪いこと企んでるのね~」

 彼女は体を伸ばすと、にっこり笑った。

ツタージャモグリュー。戦争ごっこしない?」

 

***

 

 博物館の前に集まった5人は一般人から見たら特殊だった。図鑑所有者の2人、ジムリーダーの2人とその関係者が1人。アロエとキダチは第5の人物をチェレンとベルに手身近に説明する。

「やあ。アーティ。久しぶりだね」
「こいつはアーティっていうんだ。こう見えてもヒウンジムのジムリーダー!」
「へえ~。そうなんだ~」

 ベルは感心した。チェレンは怪訝な目でアーティを見る。

「僕はチェレン。彼女はベル。アララギ博士からポケモン図鑑をもらって旅をしています」
「昨日アロエさんとジム戦したノエルの友だちです!」 

 アロエチェレンとベルの目を見た。

「ほう。信頼できそうだね」
「……んうん?なんとなく大変そうだけどひょっとしてなんかありまして?」

 アーティは派手な服ともっさりした頭をしているが馬鹿ではないらしい。

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「そうなんだよ!!展示品を持っていかれてさ!」
「わわわっ!どうしよう……?」

 なよなよするキダチをアロエは一喝(いっかつ)した。

「しっかりしな!アンタとチェレンとベルは博物館に残って警護しておくれ!もしかしてドラゴンの骨を盗んだのは陽動作戦かもしれない。当然今日の博物館は入館禁止!アタシはポケモン協会と警察に連絡する。で、アーティは矢車の森を探しておくれ!」
「はい!」
「わ、わかったよママ……」

 ベルは元気よく真面目に返事をする。誰よりもやる気があるのは確かだがチェレンは彼女が1番頼りなく感じた。やる気があるぶんキダチよりマシかもしれないが。

「さてさて……じゃあ行くね。ドロボウ退治とやらにさ」

 アーティは走らず早歩きで森へ向かう。緊急時でもマイペースだ。チェレンは彼一人に任せることに不安を感じた。ふと大事なことを思い出し、声を荒げた。

「そうだ!ノエルが矢車の森にいるじゃないか!先回りできるかもしれない!」
「「「!」」」

 ベル・キダチ・アロエが感心するなかチェレンはライブキャスターを操作する。アーティは足を止める。

「ノエルって?」
「昨日アタシに勝った女の子さ。この子たちと同じ図鑑所有者」
「かわいい?」
「今そんなこと訊いてどうするのさ」
「だって合流するかもしれないでしょ?」
「こげ茶のポニーテールの子さ。アンタは森の出口を見張ってな」
「んう、了解♪」

 アーティは手をひらひらと振って走った。チェレンはなかなかノエルがライブキャスターに出ずカリカリしている。そこへやっと呼び出し音が止まる。

「……繋がった!ノエル?聞こえるかい!」
「こちらノエル隊長。プラズマ団を発見!明らかに怪しいです!現在追跡中!」

 きょとんとするベル・アロエ・キダチ。チェレンは一瞬顔をしかめるが動じず会話を続ける。

「なんだ!チェレン通信兵!今は任務中だぞ!!」
「ノエル隊長。シッポウ博物館でドラゴンの骨の頭部が盗まれました。おそらくプラズマ団の仕業でしょう。あなたの任務にドラゴンの骨の奪還が追加されました!」
「了解!!行くぞ、ツタージャ一等兵モグリュー二等兵!」
「タジャ!」
「リュー!」

 通信が切れた。ザーザーと鳴る音の中、ベル・アロエ・キダチは狐につままれた顔をしている。

「……なんだい?今のは」

「ノエル……どうしちゃったのお?」 

 もっともな質問にチェレンはため息をつく。

「ただの軍隊ごっこですよ」

 

***

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 場面は再び矢車の森へ戻る。ノエルはあちこちで垂れている蔓(つる)をつたって移動していた。ツタージャは自ら蔓を伸ばして木から木へと移っている。森の空中移動に不向きなモグリューはボールで待機中だ。

「いい?さっき言った通りフォーメーションΔ(デルタ)で行くからね」
「タ!」

 軍隊口調にもう飽きたのか、いつものノエルに戻っている。ノエルとツタージャは小声で話すと二手に別れた。プラズマ団はすぐ近くだ。風を切る音と一瞬出た影にプラズマ団の1人が反応する。

「……今あっちでなんか通らなかったか?」
「気のせいだろ」
「野生のポケモンじゃない?」
「それよりアスラ様へ報告だ」 

 下っ端グループのリーダーらしき男が革製の巾着を開く。 

「こんなに上手くいくとはな……」

 男は中にドラゴンの骨があることを確認すると巾着を閉じた。彼は鼻を高くして通信機を取り出す。 

「もしもし?アスラ様?こちらチームB!ドラゴンの骨を……」

 そこへ突如正面から人影が現れ、革製の巾着を奪取してしまった。パチンコで放たれた玉のように早かった。わずか1秒で起きた出来事だった。

「……盗まれてしまいました」

 そう言った直後、今度は彼の通信機が破壊された。

 左手に持っている物を奪われ、右手に持っている物を破壊される人の気持ちがわかるだろうか。何が起こったのか見当もつかず頭が真っ白になる。……かと思えば脳が短時間で活発に動き、顔は真っ青になり、体はじわじわ汗を流し始める。何が起こったか理解できても怖い。まだ敵が人間かポケモンか、なぜ攻撃されたのかもわからないのだから。他の下っ端も動揺している。

「だ、誰だ!?」

 後方から何かが回転する音が聞こえる。敵が向かった方向だ。プラズマ団は振り返る。迷彩服の少女が樹の枝に立っていた。彼女はバスケットボールみたいにドラゴンの骨を指の上で回転させていた。

「……思ってたより小さいわね」

 ノエルは骨を回転するのをやめてまじまじと見る。彼女は博物館でNとドラゴンの骨を見たことを思い出していた。あのときは動揺していたのでドラゴンの骨の頭の大きさをよく覚えてなかったのだ。

 プラズマ団のチームBのリーダーは腹が立った。もう少しで任務成功だった。ところが小娘に邪魔された。こんな小娘に手品のようにドラゴンの骨を奪われるとは屈辱的だ。 

「誰だと訊いているんだ!?」

 ノエルは指を顎(あご)に添えて考える。

「ん~……ポケモン救助隊?」
ポケモンレンジャーか!?」
「あ、それいいかも!」
「はあ??」

 リーダーはムカついた。完全にノエルになめられている。

「おい!お前どうやって通信機を破壊した!?」
「石を投げただけよ」

 リーダーはたじろぐ。言われてみれば通信機に石がめり込んでいる。ノエルはスポーツ全般が得意だ。野球とて例外ではない。優秀な打者だが投手としても十分な資質を持っている。彼女の剛腕と動体視力にかかればホームランを狙うことも防ぐこともたやすい。ちなみに現在彼女が一番ハマっているのはラクロスである。

「その骨を返せ、ドロボー!それは俺たちの大事な物なんだぞ!」
「あんたたちのじゃなくて博物館のでしょ~?どっちがドロボーよ。失礼ね~」 

 リーダーは他の下っ端に目配せをする。下っ端たちは頷いた。

「いいから痛い目に合いたくなかったら返せ!!」

 下っ端たちはノエルがいる樹に向かってボールを投げた。

「ニャーーーッ!」
「ミネーーーッ!」
「コーーーッ!」

 チョロネコミネズミと茶色いワニのポケモン数匹が一斉に彼女に飛びかかる。ノエルはこんなときでも顔色を変えず、知らないポケモンがいるなと思った。もし彼女が図鑑を取り出していたらそのポケモンメグロコと知っていただろう。彼女は骨を右手に抱えたまま6匹のポケモンを弾いた。

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「なにっ!?」

 下っ端の1人が声を上げた。正確に言うとノエルは左手でチョロネコをはたき、右足でミネズミを蹴り、左足でメグロコを蹴り、右腕の肘でもう1匹のメグロコを殴り、もう1匹のミネズミを頭突きで撃退していた。ただ早すぎて普通の人間の目では視認できなかっただけだ。プラズマ団にはポケモンが見えないバリアーで弾かれたようにしか見えなかっただろう。

「お、おい!お前どんなインチキを使ったんだ!?」
「さあ?」

 やむを得ず下っ端たちは自らの手で骨を取り戻そうとする。樹に登ってくる下っ端を蹴りながらノエルは叫んだ。 

ツタージャ!よろしくっ!」 

 ノエルは皮の巾着袋を投げた。袋は見事な曲線で10時の方向へ飛んで行った。 

「追え!追うんだーっ!」

 リーダーは他の下っ端を行かせると、「おい起きろ!」と伸びたポケモンたちを叱咤した。3人の下っ端は袋が投げられた方向へダッシュする。だがツタージャを見る前に葉っぱの渦が彼らを襲う。『グラスミキサー』だ。

「ギャーーー!」
「ぐわっ」
「ごふっ」

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 ツタージャは蔓を使って袋を勢いよく正面に投げた。そして『グラスミキサー』をもろに喰らった彼らに舌を突き出した。

「ターージャ!」
「こんのクソヘビがっ……!」

 女の下っ端が怒りにわなわな震える。2人の男の下っ端も歯ぎしりをしている。

「ナイス!ツタージャ!」

 ノエルはツタージャのパスを受け取ろうと袋へ手を伸ばす。

「させるかっ!」

 そこへリーダーがパスの軌道に現れた。彼はノエルを追って待ち伏せしていたのだ。彼はメグロコを投げ袋を落とさせた。

「あっ!?」

 ノエルは焦った声を出す。リーダーは冷や汗を流しながらも笑う。

「ひやひやさせやがって……」

 彼が袋を開けるとドラゴンの骨が自分からにゅっと出てきた。

「へ?」

 疑問符はたちまち悲鳴に変わった。ドラゴンの骨の下にないはずの胴体が生えていた。

「リューー!」

 鋭い爪に連続でひっかかれ、リーダーは悲鳴を上げた。

「んぎゃああああああああああああああああ!!」
「あっはっはっはっはっ!な~んちゃって☆」

 ノエルはお腹をかかえて笑った。モグリューは被っていた骨を袋に戻すとノエルにパスした。メグロコが襲いかかっていたがモグリューは泥をかけて地面に潜ってしまった。ノエルは笑いながらもしっかり袋をキャッチした。

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「ま、待てーーーー!」
「も~う。しつこいわね~。そんなにしつこいとモテないわよ~」

 顔から血を流しながらもリーダーはノエルを追いかける。ノエルはバッグをごそごそ漁り、ある物を見つけた。

「そんなにほしけりゃくれてやるわよ!!」

 ノエルは何かを丸めて投げた。リーダーは反射的にそれをキャッチする。彼の手に握られていたのは…………紐のついたスケスケのパンティだった。目を丸くするリーダー。女の下っ端はその光景を見るなり叫んだ。

「キャーーーーー!!ヘンターーーイ!」
「いや!違うんだ!これはあいつが勝手に投げて……」
「うらやま……見損ないました!!リーダー!」
「そ、そんなものよりドラゴンの骨を!」

 ノエルはわめくプラズマ団を置いてさっさと蔓を使って移動してしまった。

  それからは矢車の森の一角はバレーボール場となった。ドラゴンの骨と葉っぱと泥とポケモンと悲鳴が飛び交う愉快な試合である。プラズマ団はノエル・ツタージャモグリューに40分も攪乱されてへとへとだった。肩で息をするプラズマ団を尻目にノエルは去ろうとした。

「待て……ドラゴンの……骨を……返せ」

 リーダーはなんとか声を出すも立つことすら危うい。歩けるとしてもふらふらになるだろう。一方ノエルは息一つ乱れてない。

「いやよ。これであんたたちとあたしの実力差がわかったでしょ?これに懲りたら悪いことするのはやめなさ~い☆」
「タジャタジャ」
「リューリュー」

 ノエルは振り向きもせずすたすたと歩く。ツタージャモグリューは彼女についていく。下っ端の男の1人はせめてもの抵抗で叫んだ。

「プラーズマー!これではポケモンたちを救えない!」 

 リーダーも無念の気持ちをつぶやく。

「これで我らの……そして王様の望みが叶わなくなるのか……」

 妙な発言にノエルは足を止めそうになった。

(王様……?)

 イッシュ地方が王政だったのは遥か昔のこと。国のシンボルとなりうる王族すら現在確認されていない。今やイッシュは多民族国家なので王族への興味も薄い。

(何言ってんの……?やっぱプラズマ団って怪しい宗教団体?)

 戦えない敵をこれ以上相手にするのもばかばかしい。ノエルはシッポウシティへ戻ることにした。しかし1分と経たないうちに彼女は足を止めた。オリーブ色のマントを着た老人がプラズマ団の下っ端を3名率いれて現れたからだ。眉毛も髭も白い。カトリック教会の聖職者のような帽子を被っているがおそらく禿げだ。中世の騎士のような制服を着ている下っ端とは格が違う。明らかにマントの老人のほうが聡明で威厳があり、肝が据わっている。

(新手の敵……?チームAかしら)

 先ほどのプラズマ団は通信機でチームBと名乗っていた。ノエルとツタージャの目つきが鋭くなる。モグリューはきょとんとしている。新たに現れた下っ端はノエルとやられた味方を見て構えた。マントの老人は彼らを腕で制止しノエルをじっと見る。彼女はマントの老人に敵意がないので肩の力を抜いていた。マントの老人は彼女の横を通り、チームBに話しかけた。

「大丈夫ですか?王様に忠誠を誓った仲間よ」

 チームBの顔が強張(こわば)った。リーダーは頭を下げ膝をついた。

「アスラ様!せっかく手に入れた骨をみすみす奪われるとは無念です」

 アスラと呼ばれた老人は顔は怖いが声に怒りは感じられなかった。

「良いのです。ドラゴンの骨ですが、今回は諦めましょう。調査の結果、我々プラズマ団が探し求めている伝説のポケモンとは無関係でしたから」 

 チームBのリーダーは「ははーっ」とさらに頭を低くする。アスラは今度はノエルを見る。

「ですが我々への妨害は見逃せません。二度と邪魔できないよう痛い目に合ってもらいましょう」

 ノエルはチームAの下っ端と同時に殺気立つ。

(けっきょく最後はドンパチじゃん……!)

 ノエルは片足で地面を強く踏む。彼女の形相にチームAの下っ端は「ひっ」と肩を震わせた。戦いを避けられない雰囲気の中、1人のKYが割り込んだ。

「ああよかった!虫ポケモンが騒ぐから来たらなんだか偉そうな人がいる。さっきボクが倒しちゃった仲間を助けに来たの?」

 陽気な声を発したのはもやし頭のアーティだった。

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「チームCも全滅か!?」

 チームAの下っ端の1人が驚く。どうやら3組のチームでドラゴンの骨強奪作戦に取り組んでいたらしい。アーティはノエル、アスラ、チームAと倒れているチームBを見て両腕を寄せた。

「うわ~お!君1人でこいつらを倒したの?さては君がノエル~?かっわい~じゃん!アートだね♪インスピレーションが湧きそう!」
「……誰?」

 アーティは人づてにノエルのことを聞いているが、ノエルにとっては初対面の不審者である。言動も服装も色物だ。ノエルは怪訝な目でアーティを見る。幸いアーティの身分を証明してくれる人はすぐに現れた。

「ノエル!アーティ!無事かい?」

 そう。アロエである。頼れるナチュラルボーンママの知り合いならどんな人でも信頼できそうだ。

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「他の連中はなんにも持ってなくてさ……。で、なんだい。こいつが親玉かい?」

 矢車の森の奥に続々と人が集まってくる。アスラは人が増えても落ち着いていた。

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「私はプラズマ団七賢人の1人です。同じ七賢人のゲーチスの言葉を使い、ポケモンを解き放たせる!残りの七賢人は仲間に命令して実力でポケモンを奪い取らせる!」

 話しているうちに熱くなったが、アスラはすぐに冷静になった。彼はアロエとアーティを交互に見る。

「だがこれはちと分が悪いですな。虫ポケモン使いのアーティにノーマルポケモンの使い手アロエ。それに得体のしれない少女。敵を知り己を知れば百戦して危うからず……ここは素直に引きましょう。ですが我々はポケモンを開放するためトレーナーからポケモンを奪う!ジムリーダーといえどこれ以上の妨害は許しませんよ。いずれ決着をつけるでしょう。ではそのときをお楽しみに……」

 アスラとプラズマ団の下っ端は足早に立ち去った。へとへとだったチームBはアスラの長話の間に体力が回復したのだろう。ノエルは追うか迷ったがドラゴンの骨を持っているのでやめた。アロエはアーティに話しかける。

「素早い連中だね。どうするアーティ。追いかけるかい?」
「いやあ……盗まれた骨は取り返したし、あんまり追い詰めると何をしでかすかわかんないです」

 彼は頭をぼりぼりとかく。

「でもおかげでスランプから脱出できそう!じゃあアロエ姉さん。ボク戻りますから……」
「ありがとね。気をつけて帰りな!」

 アロエはドラゴンの骨が戻って満足していたのでアーティを止めなかった。アーティは返る前にノエルとツタージャをまじまじと見る。

「な、なによ……?」
「君……イイね!ツタージャとのコンビも最高!ボクの絵のモデルになってよ。もちろんジム戦も歓迎さ!ヒウンシティポケモンジムで君の挑戦を待ってるよ」

 彼はウインクして去った。スキップしながら「うん。楽しみ楽しみ♪」と独り言を言っている。

(ジムリーダーの男って変人しかいないの……?)

 ノエルとツタージャは彼のハイテンションについていけそうにない。モグリューは道端に咲く花をくんくん嗅いでいた。ノエルはアロエにドラゴンの骨を返したら抱きしめられた。

「ノエル!本当にありがとうよ。アンタのように優しいトレーナーなら一緒にいるポケモンも幸せだよ!」

 ノエルの腕力には及ばなかったが、今までの抱擁(ほうよう)の中で一番力強かった。アララギ博士に何回か軽く抱きしめられたことはあるが、こんなに強いハグは初めてだった。

「良い子だねえ。寂しくなったらいつでもシッポウジムにおいで。あっついココアを淹れてあげるよ」
「ありがとう。アロエさん」

 ツタージャモグリューに見守られながらノエルは思った。「お母さんがいたら、こんな感じかな」と……。

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