ミライ先生の日直日誌

~Ms.Mirai's Day Duty Journal~

ポケモン小説『海のプラチナ』第18話 嵐と静けさ

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 わたしはとまどっていた。四角いテーブルの向こうでコウキくんは微笑んでいた。ナポレオンとナエトルは隣りのテーブルでポケモン用の食事を食べている。染み一つない真っ白なテーブルクロス。透明なグラス。白いお皿。銀色の食器。白いティーカップ。一見無機質なテーブルは色とりどりの食べもので寂しさを免れていた。

 暖かい色をした木製の床。頭上にある謎の巨大な輪。まるで天使の頭の上にあるリングみたい。そしてその輪以上に大きな円柱の上にある不思議な空間にはテーブルが12個並べられていた。まるで時の流れを大切にするかのように。中心にはカウンターと厨房が設けられている。きっとこの真ん中のスペースは時計みたいな場所の心臓なんだ。壁で厨房は隠されているけど、ここではなくてはならない存在。4つの通路がこの聖地をかろうじて他の大地とつなげていた。同じフロアながら独立している場所。私たちはコトブキスカイビル3階のフランス料理店にいた。

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「気に入っていただけましたか?」

 紅茶を一口飲み終えたコウキくんが訊ねてきた。わたしとは対照的にとても落ち着いている。

「ええ。でもこういうところ、初めてで……」

 わたしはコウキくんを真似て紅茶を飲もうとした。だけどティーカップを持つ手が震えて上手くいかない。紅茶はどんどん小皿にこぼれていく。もったいない。誰か私の緊張を消してほしい。救いを求めるようにナポレオンを見た。残念なことにナポレオンはウェイターにスープの味付けに文句を言っていた。

「すみません。いきなり高級レストランにお連れするとびっくりすると思ったので、質素なサロンを選んだのですが……」
「え?」

 わたしは紅茶を飲むのをあきらめてテーブルの上に戻した。かわりに鴨肉のローストを切って口にした。舌の上でほどよいしょっぱさが広がる。ここってレストランじゃなくてサロンだったんだ。サロンって喫茶店のようなものかな。このサロンは地味だけどとても清潔感がある。これが洗練された高級感なのかしら。

「ここはSalon des premieres amoursと言います。コトブキシティで1、2を争うフランス料理を味わえます。もう1つの38階にあるフレンチレストランもお勧めですがランチメニューはこちらのほうが豪華です。上にあるレストランはやや大人向けでフォーマルな格好をしないと入れません。あそこから見る夜景は格別ですよ」

 鴨肉を飲み込んだ。ポルチーニソースと絶妙に合っていておいしい。濃厚だけどしつこくない味。口に近づけるとしょうゆみたいな匂いがする。あまりにもぜいたくだったから最初食べたとき緊張してて味がわからなかったわ。

「そこはディナー向けなのね」

 ティーカップを手に取った。手の震えはもうおさまっている。ディナーかぁ……。行きたいな。いつか。誰かと。そのときは誰と行こうかな。

「この店の名前はサロン・デ・なんとかだったわよね。どういう意味なの?」

 わたしはくちびるをティーカップから離した。看板はアルファベットで書かれていたけどフランス語はさっぱりだ。英語読みだとSalon des premieres amoursはサロン・デス・プレミア・エーモアになる。中学レベルの英語のわかる範囲で言えば、プレミアはたしか「最初」もしくは「最上級」という意味だわ。

「サロン・デ・プリミエール・アモール。初恋の間、とも言えますが、ここはオーソドックスに初恋喫茶店…と、いったところでしょうか」

 コウキくんは紅茶を混ぜながら答えた。砂糖とミルクが溶け合い、明るい黄燈色がミルクオレンジになった。

「初恋……」

 ふと思い当たるところがあって両手をひざの上に乗せて考えた。わたしの初恋の相手はアキラだ。よく考えたら1回しか会ったことがない。ときどき手紙やプレゼントを送ってくれたけれどかれこれ3年も会ってない。わたしの初恋は終わったの?まだ続いてるの?コウキくんを男の子として好きになれないのはアキラのことがまだ好きだから?食事をしない間も時間はすぎていく。お互い黙り込んでいるのでサロンに流れる音楽がよく聞こえる。

 

Je t'aime depuis jet e vois au premier fois.
Tout le temps je te vois, tu es eblouissant
Et mon couer battant.
Ah! J’ai trouve que ce sentiment est amour.

 

 男の人が歌っている。低いけどなめらかな歌声。きっとテノールで歌っているんだ。

 

Malgre je t’aime beaucoup,
Tu vas me laisser.
Tu as choisi un autre garcon.
Pas moi, mais lui.

 

 力強いのにビブラートでむなしさが伝わってくる。一体なにを歌っているんだろう。

 

Pourquoi pas moi?
Je t’aime plus qu’il t’aime.
Ne sortira pas!
Je ne peux pas vivre sans toi.

 

 音楽が止んだ。今度こそ本当の意味で沈黙になった。

「最近初めて恋というものをしました」

―ドクン。

 心臓が大きく揺れた。沈黙を破ったのはコウキくんだった。真剣な眼差しで私を見つめている。あまりにも真剣だったから息を吸うのも失礼な気がした。

 

Mon vie est enfer depuis je t’ai vu.
Je souffris tous les jours.
Mais je net e renoncerai.
J’attende pour toi au monde supraterrestre.

 

「でもぼくは初恋で終わらせるつもりはありません。この恋を最初で最後の恋にしたい」

―トクントクントクン……。

 音楽が止まった。早くなった胸の鼓動がよく聞こえる。胸から頭に血が上る。それって、もしかして……私…のこと?コウキくんの初恋が私?答えを知りたいのに、のどから声が出ないのはなぜ?

「今流れている歌は初恋の歌であり、失恋の歌でもあります」

 そうだったんだ。だから切なかったんだ。

「初恋は実らない、と言いますがぼくは実らせてみせます」

 まっすぐ私を見つめる瞳。顔をそらせない。まばたきもできない。

「ですから、覚悟してください……ね?」

 ここでコウキくんはようやく笑った。いつもの笑顔だ。わたしは胸をなでおろした。心拍数は元に戻った。やっと楽に呼吸ができる。

「うん」

 わたしは再びナイフとフォークに手をつけた。モッツァレラチーズとトマトのサラダ、カボチャのポタージュ、チキンのロースト。緊張していて食事がのどを通らなかったのでテーブルの上にたまってしまった。どれを食べるか迷った。ナポレオンはテーブルを軽くたたきながらデザートを待っていた。ヒコザルはナイフとフォークを使って器用にステーキを切っている。コウキくんは迷うことなく規則正しく順番に食べていた。自分が誰を好きか、何をしたいか、何になりたいかはっきりわかっているコウキくんとナポレオンがうらやましかった。

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***

 

 サロンから出ると下の階が騒がしいのに気づいた。サロンの周りを囲うガラスの通路から覗いてみると警察が1階でバタバタしていた。なにかあったのかしら?下をじっと見ていたら会計を終えたコウキくんがやってきた。

「どうかいたしましたか?」
「なにか事件があったみたい」

 私たちが話をしている瞬間も入り口から次から次へと警察官が入ってくる。

「ここはセキュリティがしっかりしていますから大事には至らないと思われますが……スカイビルから出ますか?それとも他の階も見ますが?」
「う~ん…」

 ランチは食べ終わった。もうスカイビルに用はない。この建物にある店は大人向けだし高級ブランドに興味はない。どうせなら外に出てハロースキティの店とかに行きたい。ハロースキティはわたしのお気に入りのネコのキャラクター。ホウエン地方のピンク色の子猫ポケモン・エネコがモデルで世界中の女の子に人気なブランドだ。

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「ここから出よっか。ハロースキティが好きなんだけどいいお店知らない?」
「はい。テレビコトブキの近くにスキティ専門の店がありますよ。アキコのお気に入りです」
「うわ~!楽しみ~!」

 うきうき気分でエスカレーターで2階に降りたら警察官の中で見覚えのある顔を見かけた。周りが青い服を着ているなか1人茶色いコートを着た「へ」の字口のおじ……おにいさんがいる。コウキくんは気づかないフリをして通りすぎようとしたけど案の定おにいさんに声をかけられた。

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「やあ!君たち!奇遇だね」

 間違いない。1時間以上前にトレナーズスクール近くで会った、国際警察のハンサムさんだった。

「きみたち!あれから怪しいやつを見かけなかったかね?」

 いきなりだなぁ。わたしがいいえと言うまえにコウキくんが先に答えた。

「はい。今まさに目の前に怪しい人が……!」
「ぷっ」

 私はとっさに口元を押さえてせきをするフリをした。だって笑ったらハンサムさんに失礼だもん。

「君はあいかわらず礼儀正しいんだか生意気だがわからない子だな」

 ハンサムさんは半目になる。怒ってるというよりあきれてる顔ね。

「よく地元の警察があなたのような怪しい人の協力を許しましたね」
「ああ。警察手帳を見せなかったら危うく逮捕されるところだった」
「ぷっ」

 失礼だけど笑いが口からもれてしまった。ハンサムさん!なにやってるんですか?!やっぱり他の人から見ても怪しいんだ……。微妙な空気を変えるためにわたしは話題を変えた。

「上の階でなにかあったんですか?」

 コウキくんとハンサムさんはわたしを見た。コウキくんもなにがおこっているか知りたがっているし、ハンサムさんも無関係とは思えない。

「38階のレストランに野生の草ポケモンがまぎれこんだようだ。困っているみたいだったから捕獲に協力しているんだ」

 38階って……!

「ぼくたちが行こうか迷ったレストランですね。3階のプリミエー・アモールにしてよかったです」
「うむ。現在は下の階に向かって逃げているらしい。君たちなら大丈夫だと思うが気をつけてくれたまえ。それでは失礼!」

 ハンサムさんは別れを告げたあと他の警察官と合流して行ってしまった。やっぱり都会って大変なんだな。フタバタウンは平和そのものだったのに。

「野生の草ポケモンっていうとスボミーですかね。ちょうどコトブキシティの北側にある204番道路に生息していますし」

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 草ポケモンかぁ……。ジュンはナエトルを持っていたっけ。わたしも草ポケモンほしいなぁ…。

スボミーってどんなポケモン?」

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「つぼみポケモンです。小さくて体つきが丸いんです。後頭部がねじれていて青いつぼみと赤いつぼみを隠し持っています。ロゼリアに進化すると両手のつぼみが咲いて見事な薔薇になるんですよ」
「本当!?」

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 バラかぁ……。バラのポケモンなんているんだ。エレガントだなぁ……。

「ええ。さらに最近ロゼリアが進化することが判明したんです。ロズレイドといって両手の薔薇がブーケのように増えて、肩からマントみたいな葉っぱが生えているんです。身のこなしはスペインのダンサーのごとくかっこよくて美しいとか…」

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 キャーー!!スパニッシュ・ダンサー?カワイイつぼみポケモンがバラのダンサーに進化するの…?ほしい!絶対にほしい!

「仲間にしたい!!」
「ははは。スキティのお店に行ったあと204番道路を案内しますね」

 はっ!?そうだった。私たちハロースキティのお店を目指しているんだった。スボミーも捨てがたいけど今は念願のスキティ・グッズを見にいかきゃ!

「ありがとう、コウキくん!」

 わたしたちは上機嫌で歩き始めた。

 

***

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 入り口に向かっていたら宝石店を通り過ぎた。宝石にはあまり興味はなかったけどガラスケースにあるダイヤモンドを見たらつい足が止まってしまった。ケースの中でキラキラ光る指輪、ブレスレット、ネックレス、イヤリング……。細かい光が違うタイミングで次々と現れては消え、その光が途絶えることはなかった。

「見たいんですか?」
「きゃっ!」

 肩が反射的に上がった。こんなに宝石を見る機会なんてないからつい見とれてしまったわ。

「えーっと……ちょっとだけ」
「かまいませんよ。入りましょう」

 ぎくしゃくしながら足を動かすとお店の人に「いらっしゃいませ」と迎えられた。店員さんは全員ほぼ女性だった。宝石店なんて初めて入った。フタバタウンには眼鏡屋さんはあっても宝石店なんてないもの。宝石店は眼鏡屋さんみたいに壁が白かったけれどもっと高級なイメージがした。店の中は宝石の入ったガラスケースでいっぱいだ。

「ヒカリさんはどの宝石が好きですか?」
「う~ん……宝石にあまりくわしくないけどやっぱりダイヤモンドと真珠かなぁ?」

 なんとなくダイヤモンドコーナーのほうに目をやった。やっぱりダイヤモンドは目立つからついそっちのほうに目がいっちゃう。キラキラ輝いていてキレイだけど目立ちすぎるかしら?

「ダイヤと真珠ですか~。ヒカリさんには真珠が似合うと思います。幾多のカットをほどかされて磨かれたダイヤも素敵ですがやはりここは天然物の真珠でしょう。未だに信じられませんがこんなに美しいものが貝の中で生成されるんですよ?真珠は泡から生まれたアフロディーテを連想させますし、そのアフロディーテと同一視されたのがヴィーナスです」

 コウキくんのスイッチが入ってしまった。そういうときは適当に流すようにアキコちゃんに言われたのでコウキくんの話にほどほどに耳を傾けながらダイヤの指輪を見た。

「イタリア画家ボッティチェリの名作『ヴィーナスの誕生』では貝から生まれたヴィーナスが描かれています。このように美しい女神は海と関係する貝や泡と関連をもち、貝から作られる泡のような宝石は女性を飾るのに最適だと古来から言われています。ですからもしぼくがヒカリさんに求婚するとしたら真珠のエンゲージメント・リングを……」

www.musey.net

 花をかたどった指輪があった。8つの小さいダイヤから成る花びらの中央には大きめのダイヤがはめこまれていた。花びらと同じくらい細くて小さい値札には0.77カラット、18金ホワイトゴールドと記されていたけど私にはさっぱりだった。いくつかの長方形から成り立つ値札よりかは大きい黒い台には白い数字でくっきりと¥1,056,000と表示されていた。¥1,056,000…………105万6千円!?

「高いっ!」
「え?」

 店員さんはクスクス笑っていた。わたしの発言がおかしかったのか、コウキくんとわたしの温度差がおかしかったからなのかはわからない。わたしが引き金になったことは確かだ。でも100万円って…………ジュンがよく「罰金100万円!」って言うけどこの指輪に100万円以上の価値があるんだ…。もしわたしが罰金を払うとしたらこの指輪を渡せばいいのかしら?そもそもなんで遅刻しただけでジュンに100万円も払わなきゃいけないわけ?普通宝石は男性から女性にプレゼントするものでしょ……?

「ほしいものでも見つけたのですか?」

 混乱していたらコウキくんに話しかけられた。ちがう!ちがうの!かんちがいされるまえに否定しなきゃ。

「ち、ちがうの!きれいだな~って思って値段を見たら高かったからびっくりしただけなの」

 わたしは腕を半分挙げながら両手を振った。こんな高価なもの、わたしのような子どもにはもったいない。

「あはは……。やっぱりこんな派手なもの、わたしには似合わないよね~」

 はずかしくなってお店を出ようとしたけどコウキくんは真剣にダイヤの入ったケースを眺めている。

「いえ。そんなことありません。でもせっかくですからここは同じ58面体ラウンドブリリアントカットでも中央に天然ピンクダイヤが使われているこちらの指輪のほうがいいのではないでしょうか?」

 ここまで言われて無視するとさすがにコウキくんにも店員さんにも悪い。しかたなく戻ってケースを見るとさっきの指輪と同じ花形だけど全てのダイヤをがっちり台で留めていた指輪を見た。めしべに当たる中央の部分には色違いのダイヤが輝いている。

「お客様お目が高いですねー。こちらは貴金属がプラチナ900の天然ピンクダイヤモンドリングですよー。さきほどの天然ホワイトダイヤモンドリングよりやや高めの¥5,061,000ですが見事な出来でしょう?」

 506万1千円…!?あまりの金額に頭がクラッとした。なにがやや高いよ……さっきの約5倍の価格じゃない!!

「でもやっぱり派手すぎますね…。やっぱりヒカリさんのような清純な方には真珠ですね。真珠のほうを見ても構いませんか?」
「もちろんです、お客様」

 動じてない。あんなに高い金額を教えられたのにコウキくんは眉一つ動かさなかった。コウキくんどれだけお金持ってるの…?別の店員に誘導されて真珠の飾られたケースの前にあるイスに座った。コウキくんは楽しそうに真珠を観賞している。私はこれ以上宝石の瞬きも価格も見たくなかったので目をつぶっていた。

「これなんかどうですか?9.0ミリの大粒真珠リング!貴金属はプラチナ900で細かい花の模様入り。しかも0.23カラットのダイヤモンドが模様に埋め込まれているんですよ。ヒカリさんにぴったりです!¥469,000だなんて安いですね」

 コウキくんはニコニコ笑っていながら巨大な真珠のついた指輪を指さした。46万9千円……ダイヤモンドよりかは安いけど…。500万円でも動じず47万円を安いだなんてコウキくんの金銭感覚はどうなってるの?

「せっかくですからこの¥3,600,000の花珠のネックレスとイヤリングもセットで買いましょうか?このイヤリングならクリップ式ですから耳に穴を開けなくても大丈夫ですよ」
「そ、そう?」

 360万円………!?なにを言えばいいかわからない。もしかしてコウキくん本気で真珠の指輪とネックレスとイヤリングを買うつもり?困惑するわたしをよそにコウキくんは店員さんのほうを向いた。

「支払いはカードでいいですか?」
「はい。大丈夫でございます」

 本気だーーー!!コウキくん、本当に買おうとしてる!やばい!止めなきゃ!!

「い、いい!いらない!そんな高いもの買わなくていいわ!」

 あわてて椅子から離れたら転びそうになった。店員さんとコウキくんはきょとんとしている。店員さんも店員さんでなんで止めないんだろう?

「わたしまだ子どもだしそこまで宝石には興味ないから!そんなきれいなものわたしが身に付けても『豚に真珠』だよ。コウキくんとは昨日あったばっかりだし、そういうのは大きくなったら恋人に……」
「ヒカリさんは豚ではありません」

 言い訳は中断された。コウキくんの論点がずれている発言で。次はなんて言えばいいんだろう?

「ヒカリさんにはこれらのものをプレゼントする価値のある女性だと思います」

―ドクン。

 息苦しくなった。あのときジュンに守ってやると言われてからわたしの胸は苦しんでばかりだ。コウキくんは椅子からゆっくり降りた。ゆっくり近づくとそっとわたしの髪をすくった。まるで壊れやすいものに触れるように。

「サロンでも申し上げましたがぼくはヒカリさんのことが好きです。ヒカリさんのためならなんでもしてあげたいんです。プレゼントをするなら服も宝石も余るくらいがいいんです。あなたには幸せになってほしいですから」

―ドクン。

 さっきより激しく心臓が鼓動した。苦しくて変になりそう。

「真珠は6月の誕生石です。ぼくの誕生石でもあります。宝石言葉は『健康・富』。ぜひあなたの細い指に真珠をはめさせてください。きっとあなたの幸せを守ってくれるでしょう」

 コウキくんはさっき選んだ真珠の指輪を右手で掴んだ。もう片方の手で私の左手を取った。きっと私の薬指にはめるつもりなんだ…!

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 店員さんたちはうらやましそうに私を見ている。それどころじゃないのに。身体が動かない。真珠の指輪が薬指の先端に触れた。もう逃れられない。

「なんだってんだよー!」

 通路から大きな声が聞こえた。こんなセリフを言う人物は1人しか思い浮かばない。金髪の男の子が草ポケモンを脇に抱えて店を通り過ぎた………と、思ったら靴が床にこすれる音が聞こえ、店の入り口に戻ってきた。

「ヒカリ!そんなところでなにやってんだ?12歳で宝石身に付けても『豚に真珠』だぜ!」
「へ?」

 なんというKY発言。周りを見なくてもきっと店内にいる人は全員目が点になっているはずだ。いつもならカチンとくるとこだけど、この緊迫した空気を壊してくれたジュンに感謝した。

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「それに宝石と言えば真珠よりダイヤモンドだろ!ヒカリは地味だからやっぱインパクトのある宝石を身に付けなきゃな!」

 そう言いながらジュンは宝石店にずかずかと入ってきた。1番宝石に縁がなさそうなのに。

「なあ、ダイヤモンドの宝石言葉ってなんなんだ?」

 ダイヤモンドのコーナーにいた店員さんはまばたきした。周囲を見渡したあと自分に話しかけられたと気づき、あわてて返事をした。

「え?ええっと……はい!ダイヤモンドは4月の誕生石でございます。宝石言葉は『永遠の絆・純潔』です」

 店員さんはとまどいながら答えた。ジュンったら!大人の人には敬語使わなきゃ!ナナカマド博士と話すときもタメ口だったし……。

「なんだ!じゃあヒカリにぴったりじゃん。ちょうどオレの誕生石だし」
「は、はい。さようでございますか」

 なんていう偶然なんだろう。ダイヤモンドをおすすめするジュンの誕生月は4月。真珠を好むコウキくんの誕生月は6月。2人とも好きな宝石が自分の誕生月を代表しているんだ!これは偶然?それとも必然?店員さんたちもこの妙な展開にざわついている。

「ヒカリ!大きくなったら友情と義兄妹の証にオレとおそろいのでーっかいダイヤの指輪やるからな!だから他の男とは結婚するなよ。とくにコウキ!」
「失敬な!どういう意味ですか?!」
「おまえのようなヘラヘラした男にヒカリをやれるかよ!」

 ジュンとコウキくんは言い争いを始めてしまった。お互いに悪口や偏見を言っている。店員さんたちは固まっていた。どうしよう。ここはわたしが止めに入るべき?それとも納まるまで大人しく待とうかしら。コウキくんが指輪をはめようとしていたときと違って動けるから2人を止めようとしたらまたもや通路から声が聞こえた。

「いたぞ!あいつだ!」
「乗り込むぞ!」

 数人の警察官がハンサムさんを先頭に店に入ってきた。

「手をあげろ!」
「ひえ~~~!」

 ジュンは頼りなそうに両手を挙げた。手を離したせいでナエトルは床に落ちた。

「ル~?」

 事情が飲み込めずにナエトルはのんきな声を出した。

「そこのポケモンも手を挙げろ!」
「ルー♪」

 ナエトルはうれしそうに手(前足?)をあげた。ナエトル……ぜったい手をあげる意味をわかってない……。

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「このお騒がせトレーナーめ!いったい何件の洋食レストランを襲ったと思ってるんだ?!」

 ハンサムさんはジュンを問い詰めた。すごい……ハンサムさんがめずらしく警察らしいことをしてる!

「知らねーよ!オレ数えてないもん!」
 わたしは呆れて頭をかかえた。ジュンったらなんでレストランを襲撃したの?お金がなかったの?

「まったく君はレストランを葉っぱまみれにして……。レストランとお客さんから苦情がたくさんきたぞ!皿は割るわ、食べ物を粗末にするわ、お客さんの服は切れるわで大惨事だぞ!」
「知るかよ!オレはヒカリをコウキのやろうから守ろうとしただけだ!」

 ええーー!?なんでここでわたしの名前が出るの?共犯者になっちゃう!?

「君!ポケ免は持ってるのかね?」
「ポケメン?なんだよそれ!」

 あっ。ジュンまだポケモン免許持ってなかったんだ!ポケモントレーナーになった人は1週間以内に役所でトレーナーになったことをポケモン協会に申請しなければいけない。ポケモンを持っていることを申請したらポケモン免許、通称ポケ免が発行される。わたしはポケモン図鑑をもらったときに自動的に登録されたからいいけど、ジュンは図鑑をもらってないからまだ登録してないんだ!

「ポケ免を持ってないのに敷地外でポケモンを連れるのは違法だぞ!そのポケモンはどこで手に入れた?めずらしいポケモンだな」

 ハンサムさんはナエトルを見た。確かにナエトルはめずらしい。ポッチャマヒコザルも同様だ。博士たちが研究に重要視するポケモンは野生ではなかなか見かけないポケモンだ。

「これはナナカマド博士から……」
「盗んだんだな!」
「なんだってんだよー!」

 ダメだわ!状況がどんどん悪化してる。なんとかしなきゃ!

「待ってください!」

 わたしは前に出てジュンをかばった。

「なんのつもりだね?ヒカリくん。これは君には関係な……」
「ジュンは昨日ナナカマド博士からポケモンをもらったばっかりなんです!わたしも昨日ナナカマド博士からポケモンをもらいました!」

 わたしはバッグからナポレオンの入ったボールを取り出した。ナポレオンは好戦的にボールから出てきた。

「ポッッチャ!」

 ナポレオンは右手でジャブをした。それを見たハンサムさんは2歩下がった。

「そういえば君のポケモンも野生では見たことがないな…」

 ナポレオンは「ケッ」とハンサムさんに悪態をついてからナエトルに挨拶をした。ナポレオンに続くようにヒコザルアポロンナエトルに寄り添った。コウキくんがアポロンをボールから出したんだ。3匹は久しぶりに全員そろったのがうれしいのか仲良くすりよっていた。………ナポレオンはつーんとしてたけどよろこんでいるのはみえみえ。

「ぼくも博士からポケモンをもらいました。博士が昨日2人にポケモンをわたすときも同伴していました」
「むむっ」

 ジュンの無実を証明するまであと一歩……!

「信じてもらえないなら今すぐナナカマド博士の研究所に行ってください!」

 ハンサムさんは頭をかいた。うしろにいる警察官に助けを求めるように振り向いたら肩をすくめられた。

「そうか。そこまで言うなら信じよう」

 私は両腕を下げた。よかった……。誤解は解いてもらったわ。

「でも『はっぱカッター』で起こした被害は弁償してもらうぞ!割れた食器、破れたテーブルクロスとカーテン、切れ目だらけの服、無駄にした食材を含めて500万円はかかるぞ!」
「ひえ~~~!」
「ジュン!」

 わたしはうしろに倒れたジュンを支えた。500万円なんてコウキくんが私のために買おうとした宝石より高い。ジュンの口癖「罰金100万円」の5倍じゃない!そんな大金、子どもには払えない……!

「ななななななんで500万円もするんだよ?」
「君が襲撃したレストランの中には高級レストランも含まれる。払えないなら親に払ってもらうぞ」
「ぐっ」

 やばい。やばすぎる。ジュンはくちびるをぎゅっと結んで涙目になってる。500万円なら少しづつ払えばなんとかなるかもしれない。ジュンママとジュンパパに半分払ってもらって残り半分は私とジュンが協力してポケモンバトルで稼げば……それともレストランで雑用でもさせられるのかしら?

「ジュン!わたしも手伝うわ!半分親に払ってもらって、残りは私とジュンが働けば5年以内になんとか……」

 わたしが言い終えるまえにコウキくんがまえへ出た。ハンサムさんの顔を見ると落ち着いて言った。

「ぼくが払います」
「「えっ!?」」

 わたしはジュンと顔を合わせた。口をぽっかり開けて唖然としている。きっと私も同じような顔をしてると思う。店内にいた人全員がその発言にどよめいた。警察官もどう対応すればいいか困っている。

「もとはといえばぼくのせいです。ヒカリさんをランチに誘った結果彼が嫉妬し、このような惨事を招いてしまったのです。全てぼくが弁償します」

 コウキくんはアポロンをボールに戻して歩き始めた。ハンサムさんはあわててコウキくんを呼び止めた。

「き、君!」
「カードで払えばいいですか?現金なら銀行から引き出ししますが」

 ハンサムさんはあごに手を当てて黙りこんだ。深いため息をついたあと口を開いた。

「ジュンくん。コウキくん。一緒に署まできてくれないか。逮捕はしないから」
「あ、ああ……」

 ジュンはよろよろと立ち上がるとハンサムさんについていった。それに続いて警察官たちも去っていく。私も彼らを追って入り口までついていった。ハンサムさんはいったん止まって無線機で連絡を取っていた。

「ヒカリさん」

 ハンサムさんを見ていてコウキくんが近づいたのに気づかなかった。私も警察署までついていくべきかしら?

「時間がかかりそうなのでトレーナーズスクールで待っていてください。警察官に送ってもらうように頼みますね」
「でも……!」

 反論しようとしたけどすでにコウキくんは警察官の1人に話しかけていた。どうすればいいかわからずわたしはしゃがんでナポレオンに話しかけた。

「これからどうしよっか?」
「ポ…ポチャ」

 ナポレオンは首をかしげるだけだった。

 

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