疲れた私はコウキくんの家で休むためにポケモンセンターまで戻った。ポケモンセンターの角を曲がって進むと住宅街が見えてきた。
「もう少しの辛抱ですから」
「うん」
コウキくんと私はさっきより遅いペースで歩いていた。めまいはもうしないけど疲れたことはたしか。疲れているせいで顔を上げる元気もない。
「着きましたよ、ヒカリさん」
フレンドリィショップから歩いて5分も経っていなかった。私が顔を上げたとき、目の前には大きな家があった。
「え?」
4時を告げる鐘がなった。鐘の音はまるで私の驚きを表しているようだった。周りにある民家とはあきらかに違う。白い屋根に水色の壁。北アメリカにありそうな、シンプルだけどきれいな家。お屋敷と言ってもいいくらい。ご丁寧に監視カメラのついた立派な門まである。しかも庭つき!
「え?え?えーーーっ!?」
私はおどろきの声をあげた。すごい家ー!!さっきまでの疲れも飛んでいっちゃった。
「あはは。こういう家を見るのは初めてですか?」
「おっきい!すっごーい!コウキくんってお金持ちなの?」
「生活するのに充分なお金はありますよ」
うーん……お父さんがナナカマド博士の助手の研究員だからお給料高いのかしら?
「ちょっと待っててください。門を開けてもらいますね」
動揺している私をよそにコウキくんはインターホンのボタンを押した。
―ピンポーン。
「妹が家にいるんです。家に入る前に、お客さんが来たことを知らせておこうと思って……ヒカリさんという素敵なお客さんを」
「妹っ!?」
さりげなくほめられたけどよろこびよりおどろきのほうが強かった。コウキくん妹いたんだ!
「はーい、アキコでーす♪……ってお兄ちゃんか。どうしたの?」
インターホンから明るい声が聞こえてきた。ふ~ん、アキコちゃんっていうんだ。
「ヒカリさんを連れてきたんですけど、家ちらかっていませ……」
「えーー!?あのヒカリさんを連れてきたの?会いたい会いたーい!!今開けるね!」
―プツン。
話の途中なのにアキコちゃんは通信を切ってしまった。それにしても「あのヒカリさん」って……コウキくんったら、私のことなんて話したの?
「切られてしまいました。よっぽどヒカリさんに会いたいみたいですね」
―ギィーー。
門が自動的に開いた。ハイテクね!
「さあ、行きましょうか」
私はコウキくんのあとについていった。庭には緑が広がっていて、門からお屋敷まで道路がまっすぐ続いていた。お花は家の周りにしか植えてないけど派手すぎなくてちょうどいい。田舎者(びんぼう?)まるだしで恥ずかしいけどつい目があちこちに向いてしまう。お屋敷まであと1mというところで窓から女の子の顔がひょっこり見えた。と、思ったらすぐいなくなって、今度はドアが勢いよく開いた。
「お兄ちゃんおかえり!初めまして、ヒカリさん!」
家から現れたのは髪の毛にパーマがかかった7歳くらいの女の子だった。やまぶき色のパフスリーブのブラウスに白色のスカートをはいていた。ブラウスの襟にはリボンが結んである。かわいい!
「コウキの妹のアキコです。よろしくおねがいしまーす♪」
元気な子!ちょっと背伸びしてる感じがかわいい♡
「こらこらアキコ姫。ヒカリさんは疲れているんですよ」
「ごめんなさーい。お兄さまー」
兄妹のやりとりに思わず胸がくすぐったくなった。いいな~、コウキくん妹がいて。私一人っ子だもん。……自称兄のジュンがいるけど。
「こんにちは、アキコちゃん。ワカバタウンのヒカリよ。少しだけアキコちゃんのおうちにお世話になるけどよろしくね」
「わ~♪姿だけでなく声もキレイ!本当に大きくなったらアフロディーテみたいな美人になりそう!」
………アフロディーテ?
「そうです。ヒカリさんは今でも充分かわいいですが、きっと将来はギリシア神話の美・恋愛・豊穣の女神アフロディーテのように更に美しくなるでしょう。美しさと愛らしさと慈悲深さを備えた完璧な女性……オリュンポス十二神の一人であり、戦の女神としての側面を持った女神に似たヒカリさんならさぞかしポケモンバトルも強いことでしょう!」
私は自分の目を疑った。セリフ長っ!ちゃんと息継ぎしてるの?コウキくん絶対どこかの劇団に入るべきよ!研究所でも思ったけどコウキくんってたまに暴走してるような……。
「真珠のように綺麗な泡から生まれたかアフロディーテのごとく美しいヒカリさん。けれど移り気な女神と違って一途で純粋です。ああ、ぜひともボクの妻として迎えたい…!話を聞いたところ、知性も備えているみたいですし料理もできるんですよ。先程もナナカマド博士と研究員の方々に手作りマフィンを差し入れするという優しさを……」
「ヒカリさんのマフィン食べたーい」
「え?ええ、いいわよ」
確かあと1個残ってたはず。私はバッグの中からラッピングされたマフィンを出した。
「はい、どうぞ」
「わーい、ありがとう!お礼にアキコのおへや見せてあげるー♡」
体が勝手にまえに動いた。アキコちゃんに手を引かれながら私はお屋敷の中に入った。今日の私はみんなに引っぱられてばっかり。私って振り回されるタイプなのかなぁ……。でもアキコちゃんのタイミングよかったかも。このままコウキくんにしゃべらせるとキリがないし。アキコちゃんは手を使わずに靴を脱いだ。
「ブーツはここで脱いでね。お兄ちゃんお茶持ってきてー」
「かしこまりました」
私は左手でブーツを脱いだ。右手はアキコちゃんが独占してるし。
「早く早くー」
アキコちゃんは玄関の左側の壁にくっついている曲線状の階段を上り始めた。うわっとっとっと……転んじゃうってば!右側の壁にも同じ階段があった。2つの階段が行き着く先は廊下。……もしかしてこれが噂のお姫さま階段!?
「こっちだよー」
アキコちゃんは廊下の突き当たりにあるドアを開けた。私は息を呑んだ。ドアの先には、異世界が広がっていた。
「うわ~♪」
部屋の中は白とピンクであふれていた。まず目に入ったのは中央にある薄いピンクの天蓋ベッド。ベッドの柵は濃いピンク色の鉄で出来ていて優雅な曲線を描いている。左の隅っこにはアイボリー色の机と本棚。本棚には薄いピンク色生地のカーテンまでついてる!ベッドの前にはハートの形をした低いテーブル。テーブルの上には暖色系のバラの造花で出来てたランプシェードの電灯が置いてある。壁紙はパステル色の花模様で、上部にある細長い木の板には淡い赤紫色の薔薇の造花が飾られていた。天井にはシャンデリラまである。これってまさに……。
「お姫さまの部屋みたーい♡」
「でしょー?」
やーん!私もこんな部屋に住みたい!せめてお姫さまベッドだけでもほしい!!
「素敵なお部屋ね!うらやましいv」
「お兄ちゃんと結婚すればヒカリさんもこういうおへやに住めるよ」
うっ。私は一瞬迷った。コウキくんは超かっこいいわけではないけど優しい。マナーも良いし知識も豊富。それにお金持ち……計算高い自分がちょっといやになったけどお金のことを抜きにしても気になる男の子なのは事実。それにしても…。
「やだ~。アキコちゃんったら冗談言って…」
「冗談じゃないよ。わたしまえからヒカリさんのようなお姉ちゃんがほしかったんだもん!」
―ズッキューン!
アキコちゃんの一言は私に響いた。だって私も…………私も前から妹がほしかったんだもん!
「いとこのお姉ちゃんはいないの?」
「いるけどボーイッシュだから私の趣味を理解してくれないのー」
「ふ~ん」
私は本棚を覗いてみた。棚にはお姫さま関係の絵本と少女マンガと少女小説がずらりと並べられていた。いい趣味をお持ちで……。
「わたしね、お姫さまにあこがれてるの。だからお部屋もロココ調にしたの。あとは王子さまがいればカンペキなんだけどな~」
「アハハッ」
わかるわ。その気持ちすっごくわかる!私もこれから王子さまを探す旅に出るところだもん!
「でも私のとしで王子さまってなかなかいないでしょ?あと何年か待たなきゃいけないんだけど待ちきれないって言ったの。そしたらお兄ちゃんが『じゃあかわりにボクが王子さまになってあげますよ』って言ってくれたの」
わお。
「コウキくんやさしいね」
「まあね。だからお兄ちゃんにプリンセス・レッスンならぬ、プリンス・レッスンをみっちりほどこしたわ!」
「…え?」
私は目をパチクリさせた。コウキくん…………だからあんなに紳士的な性格なんだーー!!アキコちゃんに仕込まれたから!アキコちゃん私よりも計算高くてしたたか!ませてるなんてものじゃないわ!
「お兄ちゃんって女の子にはみんな優しいの。でもこんなに1人の女の子ばかりほめるのは初めてだよ。今日は1日中ずっとヒカリさんのこと話してたの!」
「本当?」
私は内心うれしかった。誰かに好かれることはやっぱりいいこと。わるい気はしない。
「ただそのせいでまえより暴走するようになっちゃった。今までも興奮するとベラベラ話すことはあったけど……。そういうときはてきとうに話題を変えるか無視すればいいよ」
「それでいいの?」
「妹の私が言うんだから信じて♪」
それでいいのかなぁ…。ちょっとかわいそう。
「お兄ちゃんってふるまいはイギリスのジェントルマンだけどフランスのヘンタイさもそなわってるのよねー」
「え?」
ヘンタイって……変態?フランスってゆうがなイメージがあるけどヘンタイってどういうこと?そもそもコウキくんがヘンタイなわけ………。
―コンコン。
ノックの音がした。うわさをすれば影ね。
「入っていいですか?」
コウキくんの声だ。
「いいよー」
―ガチャッ。
コウキくんはワゴンでクッキーとティーポットとティーカップを運んできた。さすが上流階級!私びんぼうじゃないのにびんぼうな気がしてきた。いちおうフタバタウンの市長の孫娘なのに。
「お茶の用意ができました。カモミールです」
「えー。ダージリンがよかったー」
なんて上品な会話!お茶の話かしら?コウキくんは私たちにおしぼりを渡したあと慣れた手つきでお茶をカップに注いだ。おしぼりをもらうのはありがたかった。さっきアキコちゃんに手をひっぱられてて手を洗うひまがなかったのよね。
「お兄ちゃーん。わたしヒカリさんのようなお姉ちゃんがほしーい」
「えぇ!?」
そんないきなり!
「こらこらアキコ。あせってはいけませんよ」
ほっ。私は胸を撫で下ろした。だって私がアキコちゃんのお姉さんになるには私がコウキくんの家族の養子になるか、コウキくんと結婚するしかないもの。
「……式はヨスガシティで挙げましょうか」
「ええー!?」
コウキくんは優しく微笑んだ。私の胸の動悸が早まる。これって…これって俗に言うプロ、プロ、……プロポーズ?!
「あそこには大聖堂がありますからね」
「わたしフラワーガールやりたーい」
2人の兄妹は私をよそに勝手に話を続けていた。えっ?えっ?えっ?えーっ!
「…………と、いうのは冗談です」
「え~」
アキコちゃん落胆した声で言った。だけど私はほっとした。12歳で結婚を考えるのは早すぎるもの。
「プロポーズはしませんよ。…今はね」
―ドキッ。
コウキくんにウインクされた。意味深……!
「6年後が楽しみだねー、お兄ちゃん」
「ええ。ではレディーの会話を邪魔したくないので失礼します」
コウキくんはティーセットを部屋に残してワゴンを廊下へ出した。ドアが完全に閉まる直前コウキくんは声をあげた。
「あっ!」
「なにっ?!」
忘れもの?でもジュンじゃあるまいし……。ジュンのせいでついなにかあるたびに忘れものをしたかと思っちゃう。
「家に帰ったら、ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作ることを言っておいたらどうでしょうか?」
「あ!」
そういえばまだママに言ってない!
「遠くに行くこともありますから言っておいたほうがいいと思います」
「そうだね。ありがと、コウキくん」
水色の空が赤みがかってきた。あと30分したら帰ろっと。