アンニュイな顔をした青年が歩いていた。そのあとを紫色の猫がついていく。林と草むらしかないここは2番道路。カラクサタウンとサンヨウシティを繋ぐ短い道。青年のチョロネコはなぜか他のチョロネコと違い2本足で歩いている。2番道路を歩いて2分。青年はふいに立ち止りチョロネコと向き合った。
「短い間だったけどありがとう。キミはもう自由だ」
「ニャ~ン?」
Nはチョロネコを入れていたボールを右足で踏みつぶした。彼は用心深く何回も何回もボールを踏んだ。チョロネコはあっけにとられていた。
「チョ、チョ~ロチョロチョ~ロ……」
そこまでしなくてもいいとチョロネコは言うがNは黙ってボールを踏み続けた。ボールは粉々になった。
「こんなものがあるからいけないんだ……」
ボールが破壊されたことを確認するとNはボールの破片を拾った。放置していたらポケモンが誤って食べてしまうかもしれないし環境に悪い。幸い道路には環境配備のためゴミ箱が設置されていたのでボールはそこへ捨てられた。
「サンヨウシティにはどんなトレーナーがいるんだろう……?」
戸惑うチョロネコを置いて進もうとしたらどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ツタージャ!2番道路に着いたわ!」
「タジャ!」
Nは振り返った。林の向こうにカラクサタウンで戦った少女がいるようだ。チョロネコと木々の間を覗くとノエル・ピースメーカーが仁王立ちで立っているのが見えた。背中を向けているので彼女はNがいることに気づかない。
「ここで野生のポケモンと戦って鍛えるわよ!」
「タジャ!」
彼女の言葉を聞いてNは顔を曇らせた。
(……やはり彼女も他のトレーナーと同じように草むらから出てくるポケモンを無差別に攻撃するつもりなんだ。彼女は他のトレーナーと違うかもしれないと思っていたのに……)
Nはノエルを止めようか迷ったがもうしばらく様子を見ることにした。
「と、いうわけで今から木の実を集めます!」
「タジャッ?」
それを聞いてNはノエルが野生ポケモンとのバトルに備えて木の実を集めると予想をした。だがノエルはNの予想を上回る提案をした。
「木の実をた~~くさん集めて野生ポケモンに呼びかけます」
「タジャ?」
「『ツタージャとバトルしたいポケモンはいませんか~~?勝ったポケモンには景品としてここにある全ての木の実を差し上げま~す♡』と!」
「タジャアッ!?」
(え!?)
「草むらから出てくるポケモンをいきなり攻撃するなんてかわいそうじゃない。バトルしたがっているポケモンとバトルするならこの方法が一番よ!」
「タ~ジャ!」
ツタージャは納得して笑った。野生ポケモンと木の実を賭ける。普通の人なら思いつかない考えだったがNは首を振る。
(いや……きっと木の実を与えて隙ができたところを捕獲するつもりなんだ!)
「仲間になりたいって言うポケモンがいたら考えるけど……あたし、しばらくツタージャだけで旅するつもりだから」
「タ~ジャ♡」
「そうと決まったらどっちが木の実をより多く集められるか勝負よ~♪」
「タ~ジャ♪」
ノエルとツタージャはあちこちから木の実を集めた。だが短い道路なのでなかなか木の実が集まらない。ノエルはなんとか集まった木の実を見た。
「う~ん……13個か~。本当は30個くらいほしかったけど……ま、いっか♪」
「タジャ!」
ノエルは再びツタージャをなでると休憩した。チョコレートバーと水を1人と1匹で分けていた。それを真似てNもチョロネコとカロリーメイトと牛乳を分け合った。ノエルとツタージャが木の実を探しているときは見つからないように離れて見ていたが、今は近くでそっと見守っている。ノエルは口についた食べカスを手でぬぐうと立ち上がった。
「よ~し、食後の運動と行くわよ~♡」
「タジャー!」
ノエルは木の実をタオルで包んで原っぱに出た。雑誌を丸めてメガホンを作り2番道路じゅうに響く声を上げた。
「ヤッホー☆2番道路に住む野生のポケモンのみなさん!カノコタウン出身のノエルで~~す♡」
「タジャ~☆」
アイドルのような自己紹介だった。ツタージャもノリノリで腕を上げた。木の上からミネズミが、草むらの中からはヨーテリーが好奇心で顔を出した。
「こちらにいるポケモンはあたしのパートナーのツタージャです♡野生のポケモンのみなさん!よければあたしのツタージャとバトルしませんか?ツタージャに勝ったポケモンにはなんと!?ここにある木の実を全てプレゼントしちゃいま~す!!」
「タジャッ!?タジャタ~ジャ!」
ツタージャはわざと大げさに驚いたふりをした。ミネズミとヨーテリーは切り株の上に置かれた木の実を見て目を輝かせた。
「ルールは1対1!ツタージャに勝ったらその場で木の実13個をプレゼントします。戦闘中に道具を使うのは不公平なので使いません。回復アイテムはバトルが終わったあとツタージャに使います。3回バトルするたびに休憩させてもらいます。さ~あ、最初のチャレンジャーは誰かな~?」
我先にとポケモンたちが集まり、たちまち長い行列が出来上がる。ミネズミ、ヨーテリー、チョロネコ、さらに2匹しかいないが野生では滅多に現れないタブンネまでいた。Nと元手持ちだったチョロネコは茂みからこっそり覗いていた。
(なんだこれは……?30匹もの野生のポケモンたちが自らの意思で人間の元へ集まっていく……)
ノエルはNの存在に気づかぬままイベントを進行していた。
「最初のチャレンジャーはこちらのヨーテリー!それでは位置について~……3、2、1、GO!!」
***
ツタージャは連戦連勝した。ノエルはめずらしく指示を出さずに実況をしていた。なのでツタージャは結果的には野生のポケモンとほとんど変わらない状態でバトルを行うことになった。HPが減ったらバトルのあと回復してもらい、3回ごとに休むの繰り返し。だが15回もバトルしたらさすがにツタージャも疲れてしまった。ツタージャに負けたポケモンたちは寝っ転がって休んでいる。
「あちゃ~。さすがに疲れちゃったか~」
「タジャ~……」
ツタージャはふらふらしながらもまだまだいけるとアピールしたがノエルは首を振る。
「ダ~メ!無理は禁物!今日はこれで終わりにしよっか」
「ミネズ~!」
「ヨ~ン!」
「チョロ~!」
「タブンネ~!」
まだツタージャと戦っていないポケモンたちは不満の声を上げる。ノエルはばつの悪い顔をしながら頭をかいた。
「ごめ~ん。ツタージャはもう戦えないの~」
ノエルは両手を合わせて残ったポケモンたちに謝罪した。ポケモンたちもNも今日のバトルは終わりと確信していた。だがここでもノエルはみんなの予想を裏切った。
「次はあたしが相手よ~♡かかってきなさい!」
(なっ!?)
Nは度肝を抜かれた。野生のポケモンたちが躊躇なくノエルへ向かったことでNはさらに驚いた。
「ミネエエエッ!」
「ヨオオオオッ!」
「ニャアアアッ!」
「タブウウウッ!」
野生のポケモンたちは次々にノエルめがけて走った。ノエルは逃げも隠れもせず真正面からポケモンたちと立ち向かう。噛みつこうとするミネズミをパンチで吹っ飛ばす。体当たりをしようとしたヨーテリーを蹴り飛ばす。ひっかこうとするチョロネコを空中で受け止め投げ飛ばす。原っぱは地面も空中もポケモンでいっぱいになった。Nは開いた口が塞がらなかった。
「なんてことだ……!ポケモンたちが一方的に殴られている……これは虐待だ!」
「チョ~ロ。チョロニャ~」
元手持ちのチョロネコに指摘されNは飛ばされたポケモンたちを見た。よくよく見ればポケモンたちは草むらや木の茂みなど柔らかい場所へ飛ばされていた。空中で体制を整え直すポケモンもいれば上手く受け身を取ってダメージを軽減したポケモンもいる。ポケモンたちは笑いながらノエルへ飛びついていた。みんな楽しそうだ。ツタージャとツタージャに負けたポケモンたちもノエルや仲間たちを応援している。虐待というよりじゃれあっているというのが正しい。やや過激なスキンシップだが。ノエルは余裕のポーズでポケモンたちを見下ろしていた。
「あらあら。みんなまだまだね~。1対1とは言わず1対多数でもOKよー☆」
「「「「!?」」」」
挑発されたポケモンたちは雄叫びを上げて一気にノエルへ飛びかかる。ノエルがいた場所にはドームのようにポケモンたちが球状に覆い被さった。人間よりポケモンを愛するNもこれを見てさすがに焦った。
(いくらなんでもやりすぎなんじゃ……)
彼の心配は杞憂だった。ポケモンドームは数秒と経たないうちに崩れた。ノエルが内側から衝撃を与えたからだ。
「ツタタタジャ~タ♡」
ノエルの気持ちいい戦いっぷりにツタージャもうっとりしていた。ノエルはその後も休まず1時間もポケモンたちと遊んだ。集めた木の実は結局ポケモンたちに分け、足りないぶんはお菓子で代用した。いっぱい運動しておやつを食べたノエルとポケモンたちは今度は昼寝を始めてしまった。
Nはノエルとポケモンたちが全員眠っているのを確認したあとノエルへ近づいた。
「ノエル・ピースメーカー……いったい何者なんだ?」
Nの視線の先には腕を広げ、大股を開け、おへそ丸出しで寝ている少女がいた。大きないびきをかいており、おまけによだれまで垂らしている。ツタージャはノエルの左腕を枕代わりにして寝ていた。仰向けのミネズミ、うつ伏せで寝るタブンネなどお行儀の悪いポケモンもいたが唯一の人間であるノエルが1番目立つ。Nは彼女の寝顔を見ながら考えた。
「風邪……ひかないかな」
「ニャア~ン」
「……そうか。そうしよう」
Nはチョロネコとカラクサタウンへ引き返した。2番道路のポケモンは全員原っぱに集まっていたのか道中では全くポケモンを見かけなかった。チョロネコに言われた通り雑貨屋であるものを買うとノエルが寝ている場所へ戻った。
「本当にこの色でいいのか……?」
「ニャ~ア♪」
「……わかった。キミを信じよう」
Nはピンク色の丸い形をしたものを袋から取り出した。マカロン型ケースつきのブランケットだ。ケースはブランケットを収納できるだけでなくケース単体でもクッションにもなるという優れ物だ。チョロネコと店員が勧めたので購入したのだ。Nはツタージャとノエルの左腕の間にマカロンクッションを敷いた。そしてノエルのお腹と股を隠すようにそっとブランケットを被せる。
「……次はサンヨウシティで会おう」
「むにゃむにゃ……りょうか~い♪」
単なる独り言だったが寝言とはいえノエルから返事があったのは驚きだった。Nは一瞬戸惑う。単なる偶然だと自分に言い聞かせNは2番道路を去った。チョロネコはNのあとを追いかけていった。