ミライ先生の日直日誌

~Ms.Mirai's Day Duty Journal~

ポケモン小説『白黒遊戯』 苦労人チェレン

チェレンって料理も掃除もできるしお金の管理も上手ね。きっと将来いい主夫になると思うわ」

 

 母親の冗談とも本気とも取れる発言に、チェレンは必至に弁明した。

 

『苦労人チェレン

 

 ジュニアハイスクールの廊下は静かだった。授業中なのであちこちのドアから先生の声が漏れているくらいだ。その声も何を言っているかははっきり聞き取れない。どのクラスも先生の講義かグループ・ディスカッション中の生徒の声が聞こえる。だが1つだけそうではないクラスがあった。

「ほら、これよ。表紙に載ってたHIKARI特集!」
「わあ!」 

 2人の女の子の会話が聞こえる。そのクラスでは生徒たちが思い思いの行動をしていた。グループで集まっておしゃべりする者たち、真面目に勉強する者たち、1人で本を読む者もいる。黒板にはチョークで大きく『自習』と書いてあった。先生が病気で学校を休んだらしい。先生がいないことをいいことにそこにいる生徒たちは自由に時間を過ごしていた。1番騒がしいグループは4人の女の子たちの集まりで1つのファッション雑誌をみんなで読んでいた。さきほどから声の大きい2人の女の子は雑誌から目を離した。 

「HIKARIっていいよね。清純派って感じ?イッシュにはいないタイプ!」
「男性モデルのKOUKIと付き合ってるって本当かな?」
「えっ?チャンピオンのジュンと付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「……まさか二股!?」
「「キャーー♡」」 

 別の2人は雑誌に載っている服を見ては「これかわいいね」、「この服あたしの好み♡」と話していた。モデルの話をしていた女の子の1人は服の写真を見ている2人に話を振った。

「ベルとノエルはどのモデルが好き?」

 質問に最初に答えたのは金髪のボブの女の子だった。

「ベルはアキラとー、カミツレさんが好きー!」

 一人称に自分の名前を使う女の子――ベルは迷わず答えた。
 茶色の巨大なポニーテールの女の子は雑誌をパラパラとめくった。有名なモデルたちに一通り目を通したあと彼女は答えた。

「あたしもカミツレかな~。HIKARIは完璧すぎて嫌い。シロナは胸デカすぎてムカつく」

 質問をしなかったほうの女の子がしゃべった。

「でもノエル。HIKARIって方向音痴で運動音痴で歌も音痴なんだって」
「マジで!?やったー!あたしの勝ちー♪」

 4人の女の子たちはお腹をかかえて笑った。他のグループに盗み聞きされていることも知らずに。

 女の子たちが座っている席から近すぎず遠すぎず。5、6人の男の子たちが絶妙な距離で彼女たちの会話を聞きながらうっとりしていた。

「ノエルの奴あいかわらずいいケツしてるな~」

 見るからに遊び人といった感じの男が口笛を吹いた。

「美脚だよな」

 彼に同意するようにもう1人の男の子は言った。

「たぶん栄養が全部お尻と脚に行ったんじゃないのかな?」
「じゃあベルちゃんの場合栄養が胸に行ったんだね」

 ぽっちゃりした男の子が栄養説に乗っかった。最初の2人と違ってこちらはノエル派ではなくベル派だ。クラスにいる2人のマドンナ:ノエルとベル。お尻か胸か、小悪魔か天使か、スポーティかアーティスティックか。2人の人気は好みによって別れる。
 当の本人たちはそんな会話耳に入らず、ノエルはベルの胸をつかんだ。

「この巨乳め!あたしにも分けろ~!」
「きゃーー!ノエルー、くすぐったいよー♪」

 その様子を見て男子たちはおお~と鼻の下を伸ばした。まさかこんな夢のショットを教室で見られるとは誰1人思わなかった。海辺で水着姿ならともかく2人は制服姿である。白いブラウスにチェックのネクタイとプリーツスカート。どこから見ても立派な女子中学生だ。 

 クラスがノエルとベルに注目しているなか、真面目な“彼”は教室へ戻ってきた。男子グループがマドンナたちに見とれている間“彼”は男子たちの後ろに回った。

「そんな性的な目で僕の友人を見るのはやめてくれないかい。君たち」

 男子たちはギョッとした。振り返ったらそこには学園一真面目な優等生、チェレンが立っていた。

「全く。僕がトイレに行っている間にこんなにクラスが荒れるとは……。君たちが何をするか勝手だがもう少し静かにしてくれたまえ。他のクラスの授業の邪魔をしないように」
「で、出たなー!“委員長”!」

 遊び人の男子が興奮して立ち上がった。どうやらチェレンに恨みがあるらしい。

「てめえっ!このまえはよくもノエルのデートの予約をキャンセルさせたな!」
「プレイボーイのジョニーか……。ノエルはキャンセルして正解だったな。もっとも、キャンセルした理由はベルにあるのだけれど」

 ジョニーは歯ぎしりした。口ではチェレンに敵わない。…………成績でも敵わないが。ジョニーをきっかけに男子たちはこれまでの不満を次々とぶちまかした。

チェレン!ずるいぞ!おまえばっかりノエルとベルちゃんを独占して!」
「プレイボーイはおまえのほうだ!自分だけ棚に上げるとはヒキョーだな!真面目な顔しておまえもやるときはやるんだな!」
「マドンナ独占はんたーーい!」
「ひどいよ!オレとノエルのデートを中断して!」
「このマジメガネー!」
「婚約者のベルちゃんと付き合うのはいざ知らず、ノエルちゃんまで愛人にして常に2人の女子に囲まれて過ごすだなんて言語道断……恥を知れ!」

 彼らは言いたい放題だった。デートをキャンセルされたジョニーとデートを中断されたマイケルの声まで混じっている。チェレンは傷ついた様子もなくため息をついた。

「ずいぶんな言われ様だな。…………ベルは婚約者じゃないしノエルとも付き合っていない。ただベルの父親にベルに悪い虫がつかないよう守れと頼まれただけだ」
「騎士気どりかよ」
「かっこつけてるつもりか?」
「ダッセー」

 納得しきれない男子が文句を言った。チェレンはジト目になる。こんなことになった以上ここにいても彼は勉強できないだろう。自習時間は教室だけでなくカフェテリアや図書館で勉強することを許されている。チェレンが荷物をまとめて図書館へ行こうかと思ったとき。2人の生徒が彼の腕をつかんだ。

「ねえねえ~、チェレン♡あたしとベル、どっちが好き~?」
「なっ……!?」

 ノエルの不意打ちにチェレンは口を大きく開けた。もう片方の腕にしがみついていたのはベルだった。ノエルは余裕の笑顔で彼に訊ねた。

「もちろんあたしだよね~?」
「えー?ベルだよー!」

 ベルは困り顔でアピールした。チェレンのシャツを引っ張るというかわいい仕草つきで。
 前触れもなく両手に花状態になったチェレン。彼は女子の冷やかしの視線と男子の嫉妬の視線に見守れながらこの状態の突破口を探した。

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「な、なんでいきなりそんなことを訊くんだ!?」
「さっきヘイリーとケイトリンと話してたらHIKARIの二股の話になって~。でもHIKARIも最終的にKOUKIとジュンのどっちかを選ぶでしょ?……すでにもうどっちか選んでいて噂だけが泳いでるだけかもしんないけど。で、チェレンはあたしとベル、どっちを選ぶのかな~って気になって♡」
「はあ?」 

 男と女の考え方は違う。チェレンはノエルたちの考えを理解できず呆然とした。

チェレンはベルのこと好きだよね?」
「やだ、あたしに決まってるじゃな~い♪」
「ベルのほうが先にチェレンと会ったもん!!」

 周りの生徒たちは2人がふざけているのか本気かわからない。ノエルは完全にふざけている。ベルはゲームに負けるのが嫌という感じでただムキになっているだけだ。どちらもチェレンに恋していない。そしてそれはチェレンも同じだった。たとえどっちか答えても質問責めされることには変わらない。 

「悪い!用事を思い出した!またね!」 

 チェレンは持ち物を強引にバッグに詰め込んで廊下を駆け出した。それをノエルとベルは手ぶらで追いかける。

「こら~~!待て~~!」
「逃げちゃダメなのーー!」
「勘弁してくれーーー!」

 走る、走る。3人の男女が廊下を走る。静かだった廊下はもう過去形だ。チェレンはなかなか捕まらなかった。ノエルが手加減をしていたからだ。わざと獲物を逃がして楽しんでいる。本気で走ればすぐ捕まえられるのにベルのペースに合わせて走っている。程なくして3人は通りすがりの先生に捕まり、放課後罰として居残りをさせられた。