ここはフタバタウン。若葉が息吹く場所。ジュンとわたしの生まれ故郷。なにもない田舎だ。わたしたちは一度も他の村や町に行ったことがない。だって草むらに入るとポケモンが出てくるんだもの。
「遅刻遅刻~!」
トーストされたサンドイッチをくわえながらわたしは201番道路に向かって走っていた。BLTサンドイッチのベーコンとレタスとトマトとパン一枚は既に食べ終えていたから残りは私がくわえるパン一枚だけだった。
正直私もそろそろポケモンがほしい。手に入れようとすればカンタンに手に入る。だってわたしのおじいちゃん、この町の市長だもの。おじいちゃんに頼めば適当なポケモンをどこからか連れてきて「ほ~ら、ヒカリ~。プレゼントじゃぞ~!」とニコニコ笑いながら私にくれるに違いない。でもそうしたくはない。だって初めてのポケモンだもの。そんな夢のない方法でポケモンをもらって旅に出てもうれしくない。それにやっぱりポケモンは自分で選びたい。
あ~あ。自分のポケモンがいればどうどうと草むらを歩けるのに。そしたらこの町を出て都会に行って素敵な恋をしてみたい。わたしだって年頃の女の子。すてきな恋にあこがれる。そんなことを考えながら走っていたら道行く人々に次々に声をかけられた。
「おはよーヒカリ!」
「ヒカリさん白いワンピース似合うね♪」
「今日もかわいいね~。」
この町の人はみんな友達だ。声をかけた人たちのほとんどは学校の友達だった。
「ジュンが探してたぞー」
「むかえに行ったらー?」
ジュン、いったん自宅に帰ったんだ。一応ジュンの家に行ってみようかな。わたしはトーストを口から離す。
「おはよー!みんなありがとー!」
わたしは走りながらみんなに挨拶とお礼を言った。
……さて。そこの角を曲がればジュンの家だ。早くトーストを食べきらないと……。
―どんっ!!
「キャッ!」
曲がり角で誰かとぶつかった。トーストは落としてしまった。私の貴重な朝ご飯が…!
「なんだってんだよー!」
トーストを加えていたら曲がり角で男の子とぶつかるだなんてなんてベタな展開。まるで昔の少女漫画だわ。
「いった~い……」
「ってヒカリか!おい!ナナカマド博士に会いに行くぞ!早く来いよな!」
でもわたしがぶつかったのは見知らぬ運命の相手ではなかった。ただの幼なじみだった。ジュンが着ているのはオレンジと白のボーダーのシャツ。下はグレーのズボン。首には緑のマフラー。足元は山吹色の靴。あまりファッションにはこだわっていないのでお母さんが買った服を着ている。
髪の毛はキレイな金髪。でもくせっ毛でサイドの髪がはねてる。ちゃんとくしでとかしてるのかしら?顔を合わせると勝ち気な目とつりあがっているまゆげがこちらをまっすぐ見る。口元に浮かぶイタッズラぽい笑みが心にひっかかる。
「あ!忘れもの!」
ジュンはわたしに謝りもせず家に戻った。わたしのワンピースを汚したのに。白だから汚れがよけいに目立つ。ワンピースについた土埃を払っていると前方から声がした。
「あ、ヒカリちゃん。大丈夫?ジュンを呼びに来たの?」
開きっぱなしのドアからジュンのお母さん―通称ジュンママ―が出てきた。
「はい。なんとか……」
わたしはなんとか笑みを浮かべた。ジュンはあわてんぼうだけどジュンママはいい人だ。
「あの子ったら今出てったのにすぐ戻ってきちゃったわ。ほんとにじっとしてないの。誰に似たのかしら」
「ハハハ……」
苦笑いをした。ジュンの家族写真を見る限り、少なくとも見ためは父親似だ。
「お茶でも飲む?」
「はい」
わたしは靴を脱いでジュンの家に上がった。
***
家に上がるとジュンママから冷たい緑茶を受け取った。のどがかわいていたから助かる。
「ジュンなら2階にいるわよ」
「ありがとうございます、おばさま」
私は緑茶を一気に飲み干した。コップをジュンママに返して私は2階に上がった。ジュンと違って私は他人の家のドアをいきなり開けるなんてことはしない。ドアを開けるまえにきちんとノックした。
―コンコン。
…………ノックをしたけど返事がない。部屋からは音がガチャガチャ聞こえてくる。
「ジュン?」
恐る恐るドアを開けた。だってもしかしたらパンツ一丁で部屋にいるかもしれないもの。幸いながらジュンは普通に机の前で荷造りをしていただけだった。
「寝袋と冒険ノートも持っていくか……おっ!ヒカリ!」
ジュンは履いている靴と同じ山吹色のバッグに色んなものを詰め込んでいた。きっとあわてていたから土足で部屋に上がったのね……。
「ジュン。ポケモンをもらいにいくのは聞いたけど旅に出るとは聞いてないわよ」
「道路で待ってるから遅れたら罰金100万円な!」
ジュンは用件を言うなりダッシュで駆けた。人の話を聞いてよ……。話が全くかみあわない。仕方なくジュンの家を出ようとしたら、ジュンママに話しかけられた。
「またジュンと一緒に遊ぶの?ほんとに仲良しね。今日はどこに行くの?」
「ちょっとそこまで」
私は力なく笑った。マサゴタウンに行くだなんて言えない。心配させたくないから適当にごまかした。
「湖のほうに行くの?気をつけてね。草むらには入っちゃダメよ」
「はい」
ママと同じことを言われた。そのときは草むらに入るつもりはなかったからすんなりママの言葉を受け入れられた。でもジュンママに同じことを言われたとき、私は罪悪感を覚えた。だってわたしとジュンは草むらに入るつもりだもの。……ううん。少なくとも草むらに入りたいのはジュンだけ。それを知っている私ならがんばって止められる。……そうよ。ママたちの言ったことは守らなきゃいけない。私がしっかりしなくっちゃ……!
***
フタバタウンを出て201番道路についた。ジュンは看板の前で足踏みしながら待っていた。
「遅ーい!!」
ジュンは私を見かけるなり叫んだ。私が起きてから40分以上過ぎている。
「何時に来いとは言われてないわ」
私の正当な言い訳にジュンは罰の悪そうな顔をした。だって本当のことだもの。
「……まあいいや。さ!ナナカマド博士の研究所に行くぜ!」
迷わずマサゴタウンへ向かおうとするジュンの腕を私はすかさずつかんだ。
「隣町に行くには草むらを通らなきゃいけないわ」
そうカンタンに草むらを通らせるわけにはいかないわよ、ジュン。
「なんだよ?草むらに入るなって言いたいのか」
「そうよ。危ないわ」
わたしはジュンの腕をひっぱったけど抵抗された。それどころか逆に私の手をふりはらわれてしまった。
「……っ!?」
思わずジュンの腕を見た。いつのまにか私の腕よりたくましくなっていた。昔は同じ細さだったのに……。いつからそんなに強くなったの?ジュン。
「平気!平気!ポケモンいなくても大丈夫。オレに考えがあるんだよ!」
「本当に?」
わたしはじと目になる。ジュンの考えにろくなことはない。昔からジュンの無茶苦茶な考えのせいで痛い目にあってきた。
「いいか?草むらに入ると野生のポケモンが飛び出てくるだろ!」
「うん。」
「だけどさ、それよりも早く次の草むらに入るんだよ!」
「……え?」
草むらではポケモンが飛び出るけど、ポケモンが飛び出る前に次の草むらに入る……。難しいことは言っていないはずなのにわからなかった。そもそもポケモンがいつ飛び出すかわからないのに、そんなことできるのかしら。
「そうやって駆けぬければ野生のポケモンに会わずにマサゴタウンに行けるってわけ!!」
待って。ジュンは大事なことを忘れている。
「わたしが足遅いの知ってるでしょ!ジュンみたいに早く走れないからムリよ……。」
昔からかけっこではいつもビリだ。失礼かもしれないけどジュンがわたしより優れていることがあるとすれば足の早さだけだった。
「大丈夫!オレがヒカリの手を引っぱってやるよ。なにかあってもオレがヒカリを守るから!」
ジュンは二カッと笑って手を差し伸べた。
―ドキン。
ジュンのセリフに少しクラッとした。前は守ってやるなんてこと言わなかった。ジュン……もしかして………成長した?
「……本当に?」
「ああ!ぜったい守る!」
自信満々に宣言する少年。ジュンの強さを、無邪気な笑顔をわたしは信じたくなった。昔からそうだ。どんなに無茶な提案でもジュンについていきたくなる。わたしはジュンの手を取った。お互い手を放さないように指に力を込める。
「んじゃ、ついてこいよな。それじゃ行くぜ!せーのっ……それ!」
わたしは走り出した。ジュンに手をひかれながら。
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